第94話 黄金の龍、弱者の抵抗 3

 門の外は、文字通りの無法地帯。人間の理解を超えた世界が、その僅かな人工物を残して、あたり一面に広がっている。俺達の右側に広がっている草原も、その反対側に広がっている山々も、それらの超自然を表す風景、それが示す壮大な世界を描いていた。世界の中にはもちろん、人間の造った道も入っている。人間の命を守る道が、それを寸前に保ってくれる道標が、案内板のように伸びていた。それが教えてくれる未来、「激戦」と「決戦」を表す道標がね。「ほら、進め」と言う風に伸びていたのである。それを今、俺達が進んでいたわけだが……。


「う、ううん」


 そう唸る、少女達。その気持ちは、確かに分かる。俺もちょうど、「それ」と同じ思いを抱いていたし。頭上の空に唸りたくなるのは、死ぬほどに分かった。少女達は互いの顔をしばらく見あったが、やがて頭上の空に視線を戻した。頭上の空には、いくつもの雲が浮かんでいる。


「また、増えたね……」


 そうつぶやいた、ビアラさん。どうやら、本気で怖がっているようです。彼女の左側を歩いていたクリナも、不安な顔で彼女の方に歩みよっていた。彼女の後ろ側を歩いていた、シオンですらも。彼女達は今までに感じた事のない空気、「殺気」と「殺意」の入りまじった空気にただただ怯えつづけていた。「本当。さっきまでは、あんなに晴れていたのに」


 ビアラは不安な顔で、クリナの顔に目をやった、クリナの顔もまた、彼女の顔に向けられている。「これは、かなりヤバイかも?」


 クリナは、その言葉に眉を寄せた。それが別に不快だったからではないらしい。その言葉を聞いて、彼女もやはり怖がってしまったようだ。


「そ、そうね、炎鳥にも同じような殺気を感じたけど。この殺気は、確かに」


 その会話に入ってきた、ミュシアさん。彼女は周りの少女達とは違って、妙な落ちつきを見せていた。まるでそう、これからの未来が分かっているかのように。


「だいじょうぶ」


「え?」


「相手がどんなに強かろうと。私達は、絶対に負けない。最後は、必ず勝つ」


 俺は、その言葉にうなずいた。それをうなずける証拠はない。証拠はないが、そう思わずうなずいてしまう。彼女が「ニコッ」と笑った顔からは、そう信じさせる何かが感じられた。彼女はやっぱり、救いの女神である。「私達は、強いんだから」


 俺はまた、彼女の言葉にうなずいた。周りの少女達も、その言葉にうなずいた。俺達は彼女の激励を受けて、今までの恐怖をすっかり忘れてしまった。


「そ、そうね」


 これは、チア。彼女もまた、今の言葉に励まされたらしい。「こんなところで、怯えていられない。私達は、これからもっと」


 チアは、その続きを遮った。「そこから先は、言わなくても分かるわね?」と思ったのだろう。彼女は親友の二人に目をやっては、穏やかな顔で彼女達に微笑んだ。


「これは、私達の試練よ。今までの自分を乗りこえるための試練、これからの自分を見つけるための試練。私達は今、その試験場に立っている。試験の敵には、絶対に勝たないとね?」


 二人の少女は、その言葉にうなずいた。表情の方は、かなり強ばっていたけどね。その言葉自体を否めようとはしなかった。二人はたぶん、彼女の言葉に覚悟を決めたのだ。内心の恐怖は拭えなくても、その戦いから決して逃げようとしない。彼女の覚悟に何とか応えようとしている。それがたとえ、どんなに辛い事であっても。彼女達は(たぶん)、俺が思う以上に固い絆で結ばれていた。

 

 それならばもう、大丈夫だろう。ミュシアの言葉もあったしね。周りの戦意も、高まったはず筈だ。それを聞いていた俺も、右手の拳を握ってしまったからね。少女達は互いの顔から視線を逸らして、自分の正面に視線を戻した。少女達の正面には、穏やかな平地が広がっている。平地の中には様々な植物、昆虫、動物達がいて、それぞれが各々の生活を営んでいた。


「綺麗」


 そうつぶやいたのは、誰か? それは誰にも分からなかったが、確かに美しい景色だった。あらゆる自然が自然の形に収まって、本来の美しさを見せている。魔物の侵略から逃れて、その本質を表していた。それに心を動かされないのは無理な話だが、頭上の空が突然に曇りだしたせいで、その感動もすっかり消えてしまった。


 俺は、その光景に打ちふるえた。その光景を見て、「現われた!」と思ったからである。「俺達が頭上の空に現われた」と。俺は背中の杖を抜いて、周りの仲間達を見わたした。仲間達の顔は、俺と同じように強ばっている。


「みんな」


 その返事は、ない。だが、それでもつづける。



 その返事も、ない。みんな、頭上の空を見あげている。鉛のような雲が太陽を隠して、その姿がすっかり変わってしまった空を。雷鳴の轟く、神話のような空を。彼女達は不安な顔で、その空を眺めていた。空の彼方から金色龍が現われたのは、それからすぐの事だった。


 金色の鱗に覆われた、文字通りの龍。東方の伝説にしか出てこない、最強の神獣。それが今、俺達の頭上に現われたのである。黄金龍は俺達の事をしばらく見おろしたが、敵の戦力に余裕を覚えたようで、「自分が手を下すまでもない」と思ったらしく、右手の宝玉を飛ばして、身体の周りにそれを回しはじめた。


「アレは、一体?」


 そう驚いた俺だった、それもすぐに収まった。アレたぶん、俺の想像が間違いでなければ……自分の手下を呼んでいる。宝玉の力を使って、ここに自分の素材を呼びだそうとしている。俺達が今まで倒してきた四体の魔物、それらすべてを呼びだそうとしているのだ。


 俺は自分の仲間達に警戒を呼びかけようとしたが、それもすぐに遮られてしまった。俺が自分の背中から杖を引きぬいた瞬間、俺達の前にアイツらがまた現われたからである。

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