第93話 黄金の龍、弱者の抵抗 2

 この世には(主として)、五つの方角がある。太陽が昇る東と、太陽が沈む西。気温が低い北と、気温が高い南だ。それらは地図上の十字を起点にして、あらゆる人に方角を教えている。「中央」とは、それらの起点となる場所だ。あらゆる方角が集まる場所、また同時にあらゆる魔力が集まる場所。つまりは、魔力の中心地である。「黄金龍」とは、その中心地が作りだした怪物だ。


 今まで倒した四体の怪物、遊撃竜、刃虎、炎鳥、亀蛇の魔力が集まった魔物。それらの力が一つにまとまった怪物。黄金龍は身体の色こそ金色だが、その実は今述べた四体が合わさった混合獣であり、その力もそれらを遙かにしのぐ強さだった。普通の冒険者ならば、その敗北は必至。金色の稲妻が走った瞬間に殺されてしまう、文字どおりのモンスターだった。そんなモンスターを「倒せ」と言うのが、今回の依頼内容である。

 

 俺は「それ」に息を飲んだが、それを拒もうとはしなかった。これから先に魔王を、そして、フカザワ・エイスケを倒すとなれば、その戦いからも逃げるわけにはいかない。黄金龍は確かに強いが、今の両者はそれよりもずっと強い筈だ。それゆえに逃げられない。いや、逃げてはならない。自分の夢を叶えるためにも、この戦いからは絶対に逃げてはならないのである。

 

 俺は依頼の内容に顎を摘まんだが、やがて仲間達の顔に目をやった。仲間達の顔は、神妙そのモノである。この依頼にかなり真剣、あるいは、真面目になっているようだ。


「この依頼だけど」


 そこから先はどうやら、野暮だったらしい。彼女達は表情こそ強ばっていたが、依頼へのやる気は失われなかったようだ。基本はオドオドしている(らしい)ティルノも、真面目な顔で俺の顔を見かえしている。俺は、それらの視線に覚悟を決めた。


「俺は、『受けたい』と思う。みんなは?」


 その答えは、聞くまでもない。全員一致の「やろう」だった。「アタシ達は、あの四体を倒したんだもの。最後の大ボスだけ戦わないとか、ありえないわ!」


 俺は、その言葉に微笑んだ。それを聞かれれば、充分である。これでもう、何も迷う事はない。俺達がこれからやるべき事は、その黄金龍を倒す事だ。俺はウェルナの方に視線を戻して、彼女に仕事の事務処理を頼んだ。


「大丈夫」


 そう彼女に言ったが、やっぱり何処か不安らしい。仕事の事務処理自体は進めてくれたが、俺の顔に視線を戻した動きからは、俺達への不安と心配とが感じられた。彼女は書類の右上に受付印を押すと、悲しげな顔で俺の手を握った。それがあまりに儚く、そして、柔らかかったのは、俺だけの秘密である。


「ゼルデさん!」


「は、はい」


「絶対に帰ってきてください!」


 切実な声。それに胸を打たれてしまったが、「それでは、本当に死んでしまう」と思って、彼女にはその感情を見せなかった。周りの少女達からはまた、「女たらし」と言われてしまったけどね。今は、それがまったく気にならなかった。俺は彼女の手を放して、自分の胸を何度か叩いた。彼女の心配はとてもうれしいが、それでもやっぱり不安には思わないでほしい。


「ありがとう。でも、本当に大丈夫だから。俺には、心強い仲間達がいるからね。今回も、絶対に帰ってくる」


 それがどうやら、少女達の士気をあげたらしい。少女達は「ニコッ」と笑って、俺の両腕を引っぱった。それこそ、「さあ、早く行こう!」と言わんばかりに。建物の出入り口まで俺を引っ張って行っては(ウェルナは、何やら呟いていたようだが)、周りの目などまったく無視して、町の出入り口に向かった。出入り口の前には門番が立っていたが、俺達の事は彼も既に知っているので、何の検査もなしに「行ってこい」と通してくれた。「無理は、するなよ?」


 俺は、その言葉に頭を下げた。その言葉にはいつも、救われる。「頑張れ」の言葉も当然にうれしいが、「無理は、するなよ?」にもまた、それとは別の温かさを感じられた。人間が人間の無事を祈る、そんな感じの温かさを。俺は、その温かさが好きだった。


「もちろんです。今回も、絶対に帰ってきます」


 そうでなければ、この冒険も続けられないから。だからこそ、決して死ぬわけにはいかない。死は、文字どおりの終わりを意味する。自分の人生が終われば、その中身も消えてしまうからだ。自分はまだ、それを消すわけにはいかない。「うん!」


 俺は真面目な顔で、頭上の空を見あげた。頭上の空は、見たとおりの快晴。憂鬱の雲がまったく見えず、澄んだ空がずっと広がっていた。俺は「それ」にしばらく見ほれていたが、遠くの空に雷光が見えた瞬間、その感動をすっかり忘れてしまった。その稲光はどう見ても、自然の空に生まれた物ではない。何かの生物が、生物ではない生物が、悪戯に起したモノだった。俺は「それ」に生唾を飲んで、仲間達の顔を見わたした。仲間達の顔もまた、俺と同じように強ばっている。


「さて」


「うん」


「行こうか?」


 俺達の戦場へ、未来への道中へ。


「あの稲妻を黙らせるために」


 俺は背中の杖に触れて、門の前から歩きだした。

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