嬢4話 悪役令嬢への道 4(※一人称)

 何者。そう訊かれても、困ります。貴女が仮に「魔王だ」としても、今の状況は流石に分からないでしょう。この私ですら、分からないのですから。第三者である貴女に分かる筈がありません。おそらくは、「どこから入ってきた」と思うのが精々です。自分の目の前に突然、「見知らぬ人間が現われた」となれば。文字通りの呆気に取られる。


 その証拠として、ほら? 今もずっと、玉座(らしき物)の上から私をずっと見おろしています。私の動きを決して見逃さないように。あるいは、その正体を推しはかるように。私の事をマジマジと見ては、その様子をじっと窺っていました。


 私は、その目から視線を逸らしました。彼女の目は、あまりに怖い。妖艶に光る瞳の奥で、魑魅魍魎が跋扈しています。相手の事を「射殺す」とばかりに。私の瞳を貫いてくる、瞳の億を突きさしてくる。だから、怖かった。怖くて、怖くて、仕方なかった。彼女は私の反応を見て、心なしか喜んでいるようでした。まるでそう、私の不幸を知っているかのように。


 だから、今すぐにでも「逃げだしたい」と思った。でも、そう甘くは行きません。「この場所に来た方法が分からない」と言う事は、それは同時に「この場所から帰る方法も分からない」と言う事です。帰る方法が分からない以上、(不本意ですが)この場所に留まるしかありません。それも、細心の注意を払って。魔王(と名乗る少女)の動きを窺っては、その最善策を取らなければならないのです。


 私は思考停止を装って、自分の周りを見わたしました。「これなら特に怪しまれないだろう」と。ですが、それは甘い考えでした。私が自分の知恵を働かせた以上に、相手もまた自分の知恵を働かせていたのです。私はただ、その力に怯えてしまいました。


「い、今、なんて?」


 魔王は(ここからは、仮に「魔王」と呼びます)「ニヤリ」と笑って、私の顔を指さしました。まるで私の心を見すかすかのように。



「移動、魔法?」


「そうだ。お前はたぶん、その移動魔法が使えるのだろう。何らかの条件が揃う事で、ある場所からある場所に移れる。お前には、それを操れる才があるのだ」


 私は、その言葉に「ハッ!」としました。そう言えば、そうです! ナイフで自分の喉を掻ききった瞬間、あの不可思議な光に包まれて。私は今、この場所に来ている。人間の敵が相対する場所に、人間がまだ踏みこんだ事のない場所に。自分の不可思議なスキルが目覚めたせいで、こんな場所に来てしまったのです。挙げ句の果てには、喉の傷すらも治っていますし。これはもう、「驚くな」と言う方が無理な話です。私は自分の首筋を撫でつつも、不安な顔で人間の敵を見つめました。人間の敵は「ニヤリ」と笑っている、つまりは不敵な笑みを見せています。


「殺すんですか?」


「殺す?」


「そうです。貴女がもし、本当に魔王だとしたら。人間である私を放っておく筈がない。どんなに弱い相手であっても、すぐに殺してしまう筈です。自分の城に入ってきた、それこそ」


「確かにね、確かにその通りだが。でも」


「な、なんです?」


 そこで「ニヤリ」と笑いかえした彼女の顔は、死ぬまで忘れないでしょう。あんなに恐ろしい少女の顔は。


「殺すのは、惜しい」


「え?」


 どうして?


「私はその、貴女の敵なんですよ?」


「確かに敵だが、それでも惜しい。お前の目からは、人間への憎悪を感じる。その業を恨むような憎しみが。あたしは、それが大好きでね。それを礎に生きている者も」


 私は、その言葉に押しだまりました。そんな言葉をまさか、人間の敵から聞くなんて。思ってもみなかった。彼女はもしかすると、人間以上に人間の事が分かっているのかも知れません。今の言葉を聞く限り、下手な哲学者よりも。私は彼女への恐怖を忘れて、ある種の好奇心を覚えました。「彼女の事を知りたい」と言う、純粋な好奇心を。


「貴女は」


「うん?」


「人間の世界をどうして?」


「それはもちろん、だよ」


「人間が嫌いだから攻める?」


「そうだ。人間は、醜い。醜い上に狡い。奴等は世界の調和を破って、自分の我を通している。本来は共有物である筈の世界を、我が手に治めようとしている。私には、それが許せない。許せないから……魔王家代々の伝統もあるが、それを『使ってやろう』と思った。魔族がより平和に生きられるために、その国がより栄えるために。『対外戦争の相手』として、人間達を体よく使っているんだよ」


 魔王は「ニヤリ」と笑って、私の目を見つめました。それこそ、「賢いだろう」と言わんばかりに。


「ガッカリしたか?」


「え?」


「あたし達が人間の世界を攻める、その情けない理由に。お前は」


 私は「それ」に数秒程黙りましたが、やがて「いいえ」と応えました。彼女達の行いは確かに酷いですが、「世界の調和」を考える部分だけは、人間よりもマシ。あるいは、優れているかも知れません。彼女達は人間と同じような問題を抱えながらも、「調和」の部分だけは決して忘れない、それを寧ろ大事にしていたのです。


 この世界に生きる者として。だから、無性に悔しかった。自分が人間である事が、「人間」と言う種族に属する事が、とても悔しかったのです。「自分がもし、彼女達と同じような魔族だったら」と。そう思った瞬間です。目の前の魔王が「ニヤリ」と笑って、私に「お前」と話しかけてきました。魔王は、玉座の上から立ちあがりました。


「こっちに来てみるか?」


「え?」


「人間の世界に罰を与える。お前は見たところ、何か問題を抱えているようだからな。その身なりもどうやら、どこかの貴族らしいし」


 魔王は「フッ」と笑って、私の前に歩みよりました。それがあまりに優雅だったのは、私だけの秘密です。


「名前は?」


「『ヴァイン・アグラッド』と言い、申します。貴女のおっしゃるとおり、ある王国に仕える貴族の。私は、その一人娘で」


「なるほどね。では、お前は」


「はい?」


「人間の目から見れば、だが。今日からは、これになるんだな」


「これ?」


「そう、人間の女が蔑称に使う。『悪役令嬢』と言うのは、お前も聞いた事があるだろう?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る