裏8話 泣いて、喚いて、それでも(※三人称)

 泣いて、喚いて。それが人間の悲しみ、抗えない苦しみかも知れない。人間が人間である以上、それを味わうのが人生だった。どんなに恵まれた境遇でも、その不幸からは決して逃げられない。不幸の末に幸運を掴んだ人間でさえも。その意味では、少年の不幸も同じだった。魔王の下僕に町を壊され、その家族すらも奪われて、一人生きながらえた現実。その中に真理を見つけた人生。


少年はマティに自分の身体を抱きしめられてもなお、それらの真理に苦しみつづけていた。頭の中ではどんなに「不幸なのは、自分だけではない」と分かっていても、マティの身体から伝わってくる熱が、すっきり擦りきれていた自分の服が、見るも無惨に壊されていた町が、それらの思考を見事に壊していたのである。「自分はどうして、生きのこってしまったのか?」と。周りの人達と同じように死んでいれば、自分も楽になれた筈なのに。


 少年は呆然とした顔で、マティの腕に従いつづけた。それ以外の考えが、まったく浮かばなかったからである。「う、ううう」


 マティは、その声に手を放した。その声から何かを察したわけではなく、自身の感覚に従っただけで。マティは少年の顔をじっと見ると、その服についている服を払って、相手の顔をまたじっと見はじめた。


「落ちついたか?」


 その答えは、無言。少年は放心状態で、それに応える余力がなかった。だから、その返事にも「う、ううう」と唸っただけ。少年は地面の上に目を落として、その表面にじっと見おろした。地面の表面には、瓦礫が重なっている。瓦礫の上には血痕も見られ、その表面に暗い色を描いていた。


「どうして?」


「うん?」


「どうして?」


 そこから先はどうやら、言葉にできないらしい。少年の内側では言葉がうごめいていたが、それが周りの空風に当てられて、言語としての形をなさなかったからだ。少年は両手の拳を握って、見知らぬ男の顔を見かえした。男の顔は無表情、感情らしい物はまったく見られない。


「お願い」


「なんだ?」


「殺して」


 一瞬の無言は、それに対する驚きか? 少年には少なくても、そう思えたようである。


「僕を殺して。僕はもう、生きたくない」


 少年は、マティの大剣を指さした。それを一振りすれば、「自分も楽になれる」と思って。


「あなたは、魔物じゃないんでしょう?」


 マティは、その言葉に応えなかった。彼が自分の大剣に意識を向けた瞬間、マノンが少年の前に歩みよって、その頬を叩いたからだ。マティは「それ」を咎める事なく、無感動な顔でその光景を眺めていた。


「マノン」


 マノンは、その言葉に応えなかった。それに応えるよりも、少年の方がずっと大事だったからである。


「馬鹿な事を言わないで! 貴方が死んだら、悲しむ人も」


「『悲しむ人』って、誰?」


 今度は、マノンが押しだまった。それを言われてしまったもう、流石のマノンも黙るしかない。マノンは「それ」を打ちこわす言葉を探したが、それはいくら探しても見つけられなかった。


「う、うっ」


 少年は、その声にほくそえんだ。ほくそえむしか、今の彼にはできない。それに何らかの反論を言う事も。少年は瓦礫の一つを拾って、自分の首筋にそれを近づけた。


「もういいよ、貴方達がそうしないのなら」


 自分でそうする。そう言いかけた彼だったが、目の前の男にそれを止められてしまった。「それも、別にいいが。お前はそれで、うなずけるのか?」と言う風に、その意思をすっかり奪われてしまったのである。少年は不思議そうな顔で、相手の顔を見かえした。


「うなずけ、る?」


「そうだ。『自分はここで、死んでもいい』と思う。お前は……おそらくは、十四くらいだろうが。そんな歳で、自分の人生を終わらせていいのか?」


 少年は、その言葉に押しだまった。特に「終わらせていいのか?」と部分には、とんでもない衝撃を受けてしまった。自分はまだ、十四年しか生きていないのに。それを自分から終わらせてしまうなんて。世界のそれは理不尽極まりないが、でもそれだけは妙に引っかかってしまった。ここでもし、自分が死んでしまったら? それは、文字通りの犬死にである。せっかく助かった命を投げすてる、不遜極まりない行為である。「それを、僕は……」


 マティは、その言葉に目を細めた。その言葉から何かを感じとったらしい。少年の頭に乗せられた手からは、人間の血潮が感じられた。マティは少年の頭を撫でて、遠くの空に目をやった。遠くの空には雲が見え、それが天涯の下を覆っている。


「俺なら諦めない」


「え?」


「いや、を知っている。そいつはもう、俺のところから巣立ってしまったが」


「そう、なんですか。でも」


「違わない」


「え?」


「お前とアイツは、何も変わらない。アイツにもできたのなら、お前にもできる。世界の理不尽に立ちむかう事は」

 

 少年は、その言葉に揺れうごいた。その言葉に出てくる人物、「アイツ」の事はまったく分からない。分からないが、そのアイツに勇気をもらった……気がした。顔の汚れを拭って、地面の上から立ちあがる力をもらった……気がした。少年はマティの顔に目をやって、その目をじっと見はじめた。


「貴方の、名前は?」


「マティ」


「マティさん、ですか?」


「ああ、お前の名前は?」


「僕の名前は」


 少年は、両手の拳を握った。それが「自分の未来を変える」と信じて。


「ライダル。『ライダル・ファレン』と言います」

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