第91話 邪なる亀蛇、希望の世界 7

 その理由は、何となく察せられた。彼女達には、攻撃の手がほとんど無い。鎌使いであるパルプルドさんが戦えなくなれば、逃げの一手しか使えなくなるからだ。またその一手ですらも、常に使えるわけではない。聖書の朗読と、笛の演奏。その二つが上手く噛みあった時にだけ、それが使えるのだからね。正に不安定極まりない。


俺達にも透明化や隠密、強化魔法などのスキルがあるが、それらはあくまで補助魔法であり、主たる攻撃魔法があるからこそ、それらもスキルも活かせるのだ。攻撃の手が少ない状態では、その生存率もずっと低くなってしまう。生存率の低下は、冒険者には死活問題だ。その意味で、彼女の申し出も分かる。「俺の仲間に入れてほしい」と言う、その願いも分かる。彼女達は自分達の生存率をあげるためにも、その「いいよ」と絶対に聞かなければならなかった。「平和な町に移るのも手だけどね? でも、そんな町なんてある訳がないし」


 俺は、その言葉にうつむいた。確かにその通りだったから。どんなに平和な町でも、魔物達の脅威は消えない。それは自分達が気を緩めた瞬間、町の防壁が閉じられる瞬間に襲ってくる。防壁のそれ突きやぶって、町の中に押しよせてくるのだ。まるでそう、大きな波のように。真っ黒な風のように。彼等は町の「建物」と言う建物、「人」と言う人をみんな壊して、嵐のようにまた消えていくのである。そんなところに安らぎを求めるのは、文字通りの自殺行為だった。


 俺は眉の間に皺を寄せて、仲間達の顔を見わたした。仲間達の顔は俺と同じ、複雑な表情を浮かべている。みんなどうやら、彼女達の境遇に胸を痛めているようだった。これはもう、彼女達の申し出にうなずくしかない。俺は目の前の少女達に視線を戻して、その顔を一人一人眺めはじめた。


「パルプルドさん」


「チア、でいいわ。いえ、『チア』と呼んでほしい。貴方のパーティーに入れてもらう以上は、変な遠慮は無用だわ。私の方は、『ガーウィン君』と呼ばせてもらうけど」


「俺の仲間に入る以上は、俺の事も『ゼルデ』でいいよ?」


「駄目」


「え?」


「これは、私の礼儀だから。私は、そう言うのを大事にしたいの」


「分かった。それじゃ、これからよろしく。チア」


「ええ。こちらこそ、ガーウィン君」


 彼女は「ニコッ」と笑って、目の前の俺に握手を求めた。俺も「ニコッ」と笑って、その握手を応えた。俺達は互いの手をしばらく握りあったが、例の女性陣が「ゴホン」と咳払いしたので、その手を思わず放してしまった。別に悪い事などしていないのに。相手の方は別として、俺の方は反射的に放してしまったのである。「また、『女たらし』と言われるのは嫌だな」と。俺は残りの二人とも挨拶を交わして、今回の戦利品を拾った。


「今回の戦利品は」


 二つ、亀と蛇のクリスタルだ。亀蛇は怪物の中でもかなり珍しい部類で、通常は一体につき一つしか出てこないクリスタルが、亀蛇の場合は一体で二つのクリスタルが出てくる。亀のクリスタルと、蛇のクリスタルが、それぞれに出てくるのだ。その原理は今でも分からないが…………まあ、もらえる物はもらっておこう。こいつらは、後で頑張ってもらうからね。鞄の中にしっかりと入れておく。俺は鞄の蓋を閉めると、穏やかな顔で仲間達の顔を見わたした。


「さて、帰ろうか?」


 それを否める者は、誰もいなかった。少女達は新入りの少女達を囲って、町までの道を歩きつづけた。俺もその後につづいたが、いつもの町に帰ってくると、ソワさんとニィさんの二人を呼んで、残りのメンバーにセンターへの報告を任せ、それから町の武具屋まで向かった。武具屋の中ではもちろん、その職人達が武具を造っている。俺が話しかけた工房の親方も、お客の注文品を造っていた。俺は、彼に笛の強化と修道服の制作を頼んだ。


「笛の強化は分かるが、修道服の制作は流石に」


「『制作』と言っても、普通の修道服を造るんじゃありません。亀の素材を使って、新しい修道服を造って欲しいんです。ある程度の攻撃にも耐えられるような、耐久性の高い修道服を」


 ソワさんは「それ」に「だ、大丈夫です!」と言ったが、俺は「それ」をすぐさま遮った。俺達とこれからも旅する以上は、この衣服も変えなければならない。


「それは修道女にとって、『大事なシンボルだ』と思う。天の神に仕える修道女として。だけど」


「だけど?」


「冒険者の旅は、命懸けだ。装備の品質は、命の生存率にも繋がる。普通の素材で作られた修道服で旅をつづければ、いつか」


「……分かっています、『いつか死んでしまうかも知れない』って」


「うん。でも、『だから』と言って」


「はい?」


「修道女の誇りも、傷つけたくない。誇りは、どんな人間にも必要だからね。それを踏みにじる事は、絶対にしちゃダメだ」


 ソワさんはその言葉に驚いたが、やがてなぜか赤くなった。あれ? 俺なんか、変な事を言った?


「ありがとう、ございます」


「うんう。だから、その両方を壊さないために」


「『修道服のような鎧を仕立ててくれる』と?」


「うん。それと同じ理由で、ニィさんの笛も。ニィさんの笛は、今のところは援護にしか使えないから。自分の傍にソワさんかチアがいれば別だけど、もし一人になった時は」


 ニィさんは、その言葉にうつむいた。その言葉が意味する事を察してくれたからである。


「戦えない?」


「……うん。工夫次第ではどうにかなるかも知れないけど。それでも、辛い事に変わりはない。だから、笛の力を強めて」


「強めて」


「『音波攻撃』を加える。音の攻撃は、大抵の敵が防げないからね。万が一に一人で戦う事になっても、ある程度は戦える筈だ」


 ニィさんはその言葉に驚いたが、彼女もやっぱり赤くなった。どうして、どうして?


「う、うん。ありがとう、ゼルデ君」


 彼女は「ニコッ」と笑って、俺に自分の笛を手渡した。

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