第90話 邪なる亀蛇、希望の世界 6

 そこから先の話はもう、別に話さなくてもいいだろう。彼女には「それ」をきちんと話したが、自分の心にこうやって話すのはもう、ある種の手間になってしまうからね。だから、その内容は省く。だが、その心情は描く。彼女達に自分の過去を話した事で、あるいは、彼女達の過去を聞いた事で、自分が「それ」に何を思ったのか? それだけは、「ちゃんと語りたい」と思う。


 彼女達は、俺と同じだった。俺と同じような境遇にあわされた人達、魔物に自分の町を壊された人々。彼女達は周りの冒険者(正確には、魔物と戦える人間)と混じり、亀蛇の侵攻を何とか止めようとしたが、町全体の防衛力が低く、また戦える人間も少なかったため、彼女達のような人間を除いては、ほとんどの人が死んでしまい、彼女達も自分の町から命からがらに逃げだすような有様だった。


「悔しかった」


 そうつぶやく死に神さんに続いて、残りの二人も「本当に」とうなずいた。彼女達もまた、それぞれに度合いこそあれ、彼女と同じような思いを抱いていたようである。彼女達は今までの空気を忘れるように、その緊張をすっかり忘れて、年相応に「うわん!」と泣きだしてしまった。


「悔しい! 悔しい、くやしい!」


 最後の「くやしい」には、嗚咽が混じっていた。自分の故郷を奪われた現実は、それ程までに辛いのである。「自分の故郷がまだ壊されていない」と思われる少女達も、その空気には流石にうつむき、挙げ句は彼女達と同じように泣きだしてしまった。彼女達は澄んだ青空の下、それと似つかないような顔で、自分の顔を濡らしつづけた。


「哀しい現実」


 それがミュシア感想なのか、「かなしい」の部分を「哀しい」と表した。ミュシアは彼女達の前に歩みよって、それぞれの身体をそっと抱きしめた。


「でも、生きていてよかった」


 無言。いや、嗚咽。彼女の言葉は聞こえていただろうが、その返事は嗚咽で聞こえなかった。


「生きていれば、自分の道を歩ける。その道がなければ、それを探せる。道を探せるのは、人間がまだ生きている証拠。あなた達は今も、こうして生きている」


 三人の少女達は、その言葉に泣きくずれた。特にパルプルドさんはミュシアとほとんど初対面も関わらず、その顔をじっと見かえしては、穏やかな顔で彼女の身体を抱きしめかえした。


「ありがとう」


「うんう」


「本当にありがとう!」


「うんう」


 パルプルドさんは、その言葉に「ニコッ」と笑った。何だか気難しそうな感じのする彼女だったが、笑った顔はやっぱり可愛い。彼女への恋愛感情は別になかったけれど、それを見た瞬間だけは思わず見惚れてしまった。アレは、故郷でもかなりモテたに違いない。パルプルドさんは両目の涙を拭って、ミュシアの顔を見かえした。ミュシアの顔はやっぱり、笑っている。


「名前は?」


「え?」


「あんたの名前」


「ミュシア」


「ミュシア、か。うん、いい名前ね。私は、チア。チア・パルプルド」


「チアも、いい名前」


 パルプルドさんは、その言葉に微笑んだ。その言葉が相当に嬉しかったらしい。彼女に残りの二人を教えた時も、その笑みを決して崩そうとしなかった。


「この二人は、私の幼馴染」


 そう言われた二人の少女が、ミュシアに頭を下げたのは言うまでもない。少女達は彼女に自分の名前と職業(らしきモノ)を伝えて、彼女にまた頭を下げはじめた。


「あたしは、『ソワ』と言います。故郷の町では、修道女をやっていました。本当は、自分の服も持っているんですけど。亀蛇が町の中に攻めこんだのが、朝方の事だったので。この服のままなんです」


 おお、礼儀正しい。態度の方も落ちついているが、肝心の修道服が妙に艶っぽい(と言うか、官能的?)せいで、その礼儀正しさが不思議な反作用を生みだしていた。髪の方も、何だか怪しげな感じだし。これは(見る人が見たら)、妙な気分になるかも知れなかった。彼女はそんな事などまったく気づいていない様子で、隣の少女に目をやった。


 隣の少女は年相応、至って平凡な印象だった。その特徴たる笛を除いては、特に特徴らしき物は見られない。綺麗に切りそろえられた短い黒髪も、その気弱そうな雰囲気を除いては、見たとおりの大人しげな感じだった。少女は自分の笛をしばらく弄り、緊張気味な顔で相手の顔を見かえした。相手の顔はやっぱり、「クスッ」と笑っている。


「わ、わたしは、『ニィ』って。あっ!」


「どうしたの?」


「い、いえ、なんでもないです。ちょ、ちょっと、緊張しちゃって。変な風に……。わたしは……『得意』ってわけじゃないけど、笛を吹くのが好きで。これを吹くと」


「さっきみたいな事になる?」


「ああ、うん。ソワが聖書を唱えてくれて、それに笛が合わさらなきゃならないけど。怪物の怒りを抑えられる。わたし達が亀蛇とか、周りの怪物達から逃げてこられたのも、これのお陰なんだ。本当はその、さっきみたいに」


「それは、気にしなくていい。自分の命をまず守るのが、大切」


「う、うん! ありがとう」


 ニィさんは「ニコッ」と笑って、自分の笛をまた弄くった。それがどうやら、彼女の癖らしい。自分の感情が高ぶると、それを無意識に弄りたくなるようだ。彼女は自分の笛をしばらく弄くったが、パルプルドさんの声には遠慮を感じてしまったようで、その後ろにすぐさま下がってしまった。「チア!」


 チアは、その声を無視した。無視して、俺の顔に目をやった。


「ねぇ、ガーウィン君」


 それに驚いた。ファミリーネームで呼ばれるのは、滅多にないからね。だから、彼女への返事もぎこちなくなった。


「な、なに?」


「無理ならいいんだけど。私達も、仲間に入れてもらえないかしら?」

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