第89話 邪なる亀蛇、希望の世界 5

 美しい軌道。そうとしかもう、言いようがない。彼女が振りおろした鎌の軌道は、それ程に美しかった。名のある絵師が、夜空の三日月を描くように。彼女の描いた軌跡もまた、そんな風に美しい軌跡だった。そこから自分の背中に鎌を戻す動きも、その不思議な雰囲気とあいまって、どこか死に神めいたモノを感じさせる。彼女は「真っ黒な笑み」としか言いようがない顔で、敵の胴体をじっと眺めはじめた。


「可愛そう、主人の頭が切れてしまったのに」


 その従者はまだ、主人の身体に絡みついている。自分の主人に一体なにが起きたのかも分からず、俺達の方を時折睨んでは、主人の身体にまた視線を戻して、それをぐるりと見わたしていた。それがどこかおかしかったが、敵の命がまだ尽きていない事もあって、一応の緊張は残っており、シオンやマドカなどは相手がいつ動いてもいいようにと、それぞれの武器を構えて、その様子をじっと窺っている。彼女達の近くに立っているビアラやカーチャ達も、蛇の様子がやっぱり気になるのか、不安げな顔で相手の様子を窺っていた。


 蛇は、主人の身体を見すてた。主人の身体がこうなってしまった以上、「そこから離れなければ」と思ったらしい。「このままでは、自分も主人の二の舞になってしまう」と思ったのだろう。蛇の内心は分からないが、俺が「それ」を見た感じからは、その雰囲気しか感じられなかった。蛇はたぶん、俺達への攻撃を諦めていない。その証拠として、俺達の顔を睨んできた。蛇は、自身の身体を思いきり動かした。自分の身体を使って、俺達の身体を叩きつぶすように。だが、そんな攻撃など御免。最初から食らうつもりなどなかった。蛇が自分の下を出して、俺達の戦意を挫こうとする威嚇にも。


 俺は自分の身体に強化魔法をかけて、その場から勢いよく走りだした。それが死に神さんを驚かせたようだが、今はそんな事などどうでもいい。俺は様々な魔法を使って、蛇の身体に傷を負わせた。「どうだ?」


 蛇は、その言葉に応えなかった。まあ、人間の言葉が分かっているかも怪しいからね。身体の痛みには悶えているようだったが、それ以外の反応はまったく見せなかった。蛇は身体の痛みを何とか耐えつつ、人間への憎悪を激しくて、俺の方にまた飛びかかった。


 俺は、その攻撃をかわした。身体の反応速度が速くなっている今、その程度の攻撃では話にならない。「止まっている」とまではいかないが、それにほぼ近いような感じだった。俺は杖の全体に魔力を溜めて、あの光り輝く槍を作りだした。「覚醒状態でなくても、一応は使えるようだね」と言う風に。その威力はやっぱり、ある程度は落ちるようだけど。俺は自分の槍をくるくると回し、その正面にまた構えなおして、目の前の敵に突きすすんだ。


「くらえ!」


 敵は、その攻撃を避けられなかった。その攻撃自体を避けようとはしたが、俺の動きについていけなかったらしく、最初は余裕綽々に構えていたが、杖の先があたる瞬間は「流石に避けなければ!」と思ったようで、槍の先を何とか避けたものの、二撃目の攻撃は見事に当たってしまったのだ。蛇は自分の頭から裂かれる形で、その胴体を二つに分けられてしまった。


 俺は、その光景をぼうっと眺めた。胸の興奮が収まらなかった事はもちろん、思考の方もぐるぐると回っていたからだ。本当は落ちつきたいのに、頭の方が落ちついてくれない。それどころか、どんどん激しくなってしまう。自分の両手から伝わる脈に戸惑って、その冷静な判断がどうしても持てなかった。俺は自分の頭を何とか落ちつけようと、真面目な顔で周りの空気を何度も吸いつづけた。


 そんな時に話しかけてきたのは、俺の様子に驚いている死に神さんだった。彼女は今の光景があまりに強烈だったようで、俺が自分の頭を何とか落ちつけた後も、自分の鎌に手を触れて、俺の横顔をしばらく眺めていた。


「ね、ねぇ、今の?」


「ああ」


 やっぱり、それね。初見の人なら(たぶん)、誰だって驚くだろう。魔法の杖が、光り輝く杖に変わるなんて。普通の人ならまず、思いうかばない。それに「え?」と驚くのが、精々だった。彼女は一応の警戒心を魅せながらも、俺の前からは決して逃げだそうとしなかった。


「俺のスキル……いや、魔法の一つだよ。本当は、覚醒状態で使う魔法だけどね。今回は、試しの意味も込めて」


 彼女は、その言葉を聞かなかった。その言葉をどうやら、聞くだけの余裕がなかったらしい。


「ねぇ?」


「なに?」


「あんたは一体、何者? 『冒険者の魔術師』と言ったら、普通」


「普通?」


「今みたいな魔法は、使わない。『魔術師』って言うのは基本、パーティーの支援役だから。それないのに?」


「接近戦もやれる?」


「え、ええ。私の知っている魔術師は、そんな感じじゃなかったし。あんたみたいな人は、初めてだわ」


 彼女はもう一度、俺の顔を見つめた。まるで俺の正体を探るように。


「あんたは一体、何者なの?」


「俺? 俺は」


 その時に吹いてきた風がなぜか、無性に心地よかった。


「ゼルデ・ガーウィン。『スキル死に』が起こって、剣士から魔術師に変わった冒険者だ」

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