第88話 邪なる亀蛇、希望の世界 4
速かった。彼女が走りだした時も、そうだったけどね。亀蛇の身体に鎌を振りおろした時は、それが何倍も感じられた。彼女は「大物の武器を使っている」とは思えないくらい軽やかな、それこそ華やかな動きで、自分の鎌をブンブンと振りまわした。だが、敵の方も「それ」に負けていない。彼女が鎌の使い手ならば、相手もまた要塞の使い手だった。
彼等は攻撃には防御を、防御には攻撃を当てて、それぞれの特性をぶつけ合っていた。怪物が人間に抗うように、あるいは、人間が怪物に抗うように。戦いの中に守護者と破壊者を作っては、真剣な顔で相手の攻撃を何とか打ちやぶろうとしていた。
俺は、その光景に胸を打たれた。その光景自体はいつも見ているそれとあまり変わりないが、彼女が死に神の如く動く光景には、何とも言えない高揚感を覚えてしまった。俺の中にある感情が湧きあがるような感覚を、少年の浪漫が膨れあがるような興奮を、その華やかな動きに覚えてしまったのである。彼女とおなじような武器持ちの少女達も、その見事な動きに目を見開いていた。
少女達は「フッ」と笑って、自分の剣を構えなおした。
「あんな姿を見せられたんじゃ」
マドカさん、ニヤリ。
「アタシ達も、黙っていられない」
クリナさん、マジモード。
「私達だって、自分の武器があるからね?」
シオンさん、超笑顔。
「あの子には、負けられない!」
少女達は真面目な顔で、目の前の敵に挑んでいった。「マドカが隠密の技術を使えば、クリナが遊撃竜の剣を振りまわし、シオンがそれに援護を加える」と言った感じに。それぞれが自分の技術を活かしたが、その敵もやっぱり一筋縄ではいかないらしく、彼女達の攻撃を受けてもなお、自身の防御力を使って、それらの攻撃をほとんど防いでしまった。「辛うじて通じた」と思われるマドカの隠密斬り(俺が勝手に名付けた)も、蛇の攻撃力がそれに勝っていたせいで、見かけ上ではまったく通じていないように見えた。
「くっ!」
声の共鳴。三人とも、かなり悔しがっているらしい。
「この岩亀が!」
俺は、その言葉に目を細めた。その言葉から察せられる状態、それに思考が動いたからである。彼女達はもう、限界だ。接近戦が得意なビアラやカーチャ達も隅っこの方で休んでいるし、獣使いティルノも彼女自身に戦う力はない。カーチャの隣に寄りそって、その身体を摩ってやるのが精々だった。
「マズイ」
このままでは、戦いをつづけられなくなる。彼女達の攻撃で弱ってはいる亀蛇だったが、それでも戦える事には変わりなく、ミュシアが彼女達全員に透明化のスキルを使っていなければ、すぐにでもやられてしまうような状況だった。そんな状況をいつまでも放ってはおけない。俺は杖の先に魔法を溜めて、目の前の敵にそれを撃とうとした。だが、「待って」
そうしようとした瞬間、修道服の少女に「それ」を止められてしまった。彼女は銀色の髪をなびかせて、俺の目をじっと覗きこんだ。
「まだ、撃たないで。それを撃つ前に」
「え?」
「
「上手くいかないかも?」
「それでもどうか、一回だけ試させて?」
切実な口調だった。その顔はおしとやかな感じなのに、両目の方には確かな意思が感じられた。「ここは、私達に任せてほしい」と言う意思が。彼女もとえ、ソワさんは、もう一人の少女に目をやった。もう一人の少女は(いつの間に動いたのだろう?)真面目な顔で、自分の笛を構えていた。
「ニィ!」
「うん」
儚げな返事。その表情もまた、どこか不安げだった。
「ダメかも知れないけど」
二人は「うん」とうなずきあって、一人は服の中から聖書を、もう一人は自分の笛を吹きはじめた。
「邪なる敵を」
これは、修道女。それに合わせて、もう一人が自分の笛を奏でている。笛の音色はどこか神秘的で、こんな状況にも関わらず、敵への戦意がなぜか薄れてしまった。
「
そんな言葉で鎮まるわけがない。そんな思いを抱いた俺だったが、俺が杖の先にまた魔力を溜めはじめた瞬間、今まで暴れていた亀蛇がなぜか突然に止まってしまった。自分の目の前に鎌使いが立っても、その場からまったく動こうとしない。文字通りの「要塞」と化していた。亀蛇は動かないまま、無感動な顔で目の前の鎌使いを眺めつづけた。
「や、やった!」
え? 何がやったの? それを話して欲しいのですが? 俺は修道女の言葉に首を傾げつつも、真面目な顔で少女達の顔を眺めつづけた。少女達の顔は、花のように華やいでいる。今の成功をどうやら、心の底から喜んでいるらしい。
「今回は、上手くいった!」
今回は? その言い方だと……。
「相手の怒りを鎮められた」
鎌使いの彼女も、その言葉に微笑んでいる。彼女は「ニヤリ」と笑って、自分の鎌をまた構えなおした。
「うん。相手はこれで、無防備状態。あとは、アイツにとどめを差すだけ」
そうは言うが果たして、そんな事ができるだろうか? 今までだって、あんなに苦しんだのに。相手の怒りを鎮めた(と思われる)程度で、あの怪物を打ちたおす事が。
「行くよ」
彼女は「ニコッ」と笑って、相手の首に鎌を振りおろした。
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