第80話 炎の鳥、少女達の力 2

 獲物の登場は、美しかった。空気の熱が火に変わり、それが火の粉となって、粉の渦を作り、その渦がしばらく回って、一羽の鳥へと変わった。鳥の姿もまた、美しかった。遊撃竜のような禍々しさも、刃虎のような雄々しさもなく、女性のような華麗さを漂わせている。これは、思わず見惚れてしまうね。炎鳥の性別は分からないが、それでも「美しい」と感じてしまった。花と美が、鳥の形に集まった存在。周りのすべてを焼きはらう、焼却の鳥。それが今、俺達の前に現われたのである。

 

 俺は背中の杖を抜いて、鳥の方にそれを向けた。どんな魔法が通じるかは分からないが、「炎系の魔法はイマイチだろう」と考えたので、とりあえずは「水に関する魔法を唱えよう」と思ったのだ。水系の魔法ならば、炎の鳥にも効くかも知れない。それを裏づける証拠は何もなかったが、一般常識の範囲、自然の法則に従えば、それが「最も普通だ」と思った。目の前の物が燃えていたら、そこには(まず)水をかける。俺は水系の呪文を唱えて、炎鳥にそれを当てようとした。だが、「なっ!」

 

 相手は、強力な魔物。自分の弱点は、誰よりも分かっていたらしい。俺が遠くの炎鳥に向かって水をかけようとした瞬間、その気配を見事に察して、水の魔法を軽やかに躱してしまった。その翼をふわりと羽ばたかせてね。それに「逃がすか?」と叫んだシオンも、その速さに「なっ!」と驚いていた。炎鳥は頭上の空を何度も飛びまわり、俺達の方に時折舞いおりては、両手の翼を羽ばたかせて、俺達に真っ赤な鱗粉を浴びせた。

 

 それが、物凄く熱い。翼の表面から赤い鱗粉が飛びちる光景自体は美しいが、それが辺りの草花に当たったり、木々の枝に触れたりすると、その熱にやられて、草木の方はすぐに、枝の方はゆっくりと、乾いた炎を見せはじめた。……これは、不味い。ただでさえ熱い空気が、さらに熱くなってしまう。呼吸困難の域にはまだ達していないが、仲間達の苦しそうな呼吸を見る限り、「そうのんびりとはやっていられない」と思った。


 火事の死因で最も多いのは、炎の熱よりも、その窒息気体が原因。錬金術師の間では、「一酸化炭素」と呼ばれる物が大きかった。それの中毒にかかると、様々な影響が出てしまう。それを吸いこんだ人が、行動不能になったり、思考停止になったりね。今回の場合もまた、その例に漏れなかった。

 

 少女達は、明らかに苦しんでいる。冒険者の経験があるシオンやマドカ達はそうでもなかったが、クリナなどは明らかに苦しそうだった。クリナは周りの窒息気体から逃れようと、必死な顔で今の状況にもがいていた。


「うっ、ぐっ、冗談じゃないわよ! こんな」


 事で死んでいられない。それは当然、俺も同じだった。敵の攻撃に抗う事もできず、このままおずおずとやられるなんて。絶対にうなずけない。あの怪鳥は、何が何でも倒さなければならないのである。俺の結界を一撃で破るような怪鳥は。


「ゼルデ!」


 なんですか、クリナさん。


「アタシに『アレ』をかけなさい」


「言われなくても!」


 彼女に俺の強化魔法をかければ、アイツとも互角にやりあえる。クリナの剣は、遊撃竜のそれからできているのだから。あの怪鳥にも、充分に通じる筈。遊撃竜のそれは、あの怪鳥と同じ階級なのだ。素材の階級が同じならば、その身体も充分に斬られる筈である。


「今すぐにかけるさ!」


 そう叫んだ瞬間だった。ティルノがカーチャに何やら命じ、カーチャが「それ」に従って、地面の上からサッと飛びあがった。


「な、なんだ?」


 それに応える者はいない。俺と「それ」を見ていたクリナも、その光景に呆然としている。俺達はカーチャの姿が大きな犬に変わった後も、マヌケな顔でその動きをずっと眺めていた。


「あ、あれ?」


 ティルノは、その質問に答えた。俺の方には相変わらず近寄らなかったけど、一応の敬意は示してくれたらしい。


「ぎ、擬人化を解いたんです、カーチャの」


「カーチャの擬人化を解いた?」


 いや、無言でうなずかなくても。お陰で変な気分になってしまった。


「ぎ、擬人化を解くと……その、彼女は?」


「は、はい。もちろん、強くなります。人間状態の十数倍は」


「じゅ、十数倍!」


 それは、いくら何でも強くなりすぎじゃない?


「ま、まさか」


「ほ、本当です! カーチャは、ああなると!」


「ど、どうなるの?」


「もう、止められません。闘争本能が暴れだします。人間の理性も失って」


「そ、そんな! で、でも!」


 それでも、「勝てる」とは限らない。相手はあの、炎鳥なのだ。たった一羽で、一つの町を焼きはらう怪鳥。「それ」を「擬人化している」とは言え、あの子一人だけでは。


「だから、あたしも加わるんだよ!」


 そう叫んだのは、地面の上から飛びあがったビアラだった。ビアラは体術強化の魔法が使えるらしく、炎鳥のところまで飛びあがれたのも、その強化魔法を使ったらしかった。


「カーチャ!」


 それに反応を見せるカーチャ。なるほど……「理性」はなくなるが、「知性」の方は残っているらしい。仲間の言葉も、きちんと聞きわけられるようだ。


「あたしも、手伝うよ!」


 ビアラは「ニコッ」と笑って、自分の右手に力を溜めはじめた。

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