第81話 炎の鳥、少女達の力 3

 な、なんだ、あの光は? 彼女の右手を包む、あの青白い光は? まったくもって、分からない。カーチャやティルノは(見なれているためか)そんなに驚いていなかったが、俺や周りの少女達は「それ」に「え?」と驚いて、彼女の右手をじっと眺めていた。


 彼女が炎鳥の顔を殴り、それに炎鳥が怯んだ時も同じ。「なっ!」と驚いただけで、それ以外の反応はなし、彼女の力にただただ驚いていた。彼女は一体、どれ程に強いのだろう? 彼女の戦いを初めて見る俺達には、本当に未知の領域だった。

 

 俺は、彼女の力に息を飲んだ。そうするしか、他に方法がなかったからだ。俺は自分の杖を握ったまま、真面目な顔で彼女の戦いを眺めていた。


が」


 それに応えてくれたのはやっぱり、獣使いのティルノだった。彼女は親友の活躍が余程に嬉しいらしく、俺との距離すらもつめて、その上空をゆっくりと指さした。その上空ではもちろん、彼女の親友が怪鳥と戦っている。


「ビアラの力。ビアラは、あらゆる体術魔法を極めている」


「あらゆる体術魔法を?」


 その返事にも、戸惑いがなくなった。これは、相当に喜んでいますね。


「例えば?」


「火、水、風、土。基本の四大元素は、だいたい覚えている」


「へ、へぇ、それは」


 本当に凄い。四大元素が使える人なんて、国の特殊騎士くらいだ。特殊騎士は(実際に会った事はないが)それを使いこなす事で、普通の冒険者よりも難しい仕事に臨む。通常の軍隊がほとんど動かない今でも、数少ない国営の軍隊だった。彼等の連携力があれば、遊撃竜ですら意図も簡単に倒せてしまう。それ程の力が、彼女に備わっていたなんて。


「信じられない」


「だから、使われた。使われて、潰された」


 そこから先を押しだまったのは、彼女の葛藤だったのか? それは、彼女自身にしか分からなかった。ティルノは左手の拳を握って、地面の上に目を落とした。


「あなたは?」


「うん?」


「あなたも、同じ?」


「そう思う?」


「分からない。でも、怖い」


「そっか。なら、それでいいよ」


「え?」


「今ね? 今は、怖くてもいい」


 ティルノは、その言葉に目を見開いた。ちょっと大袈裟かも知れないけれどね。彼女達の過去を考えれば、それも別におかしな事ではない。彼女は前の俺と同じ、疑心暗鬼の地獄に捕らわれているのだ。疑心暗鬼の地獄に捕らわれた者は、そこからなかなか脱せられない。しばらくは、それを味わう事になる。自分自身が、目の前の希望に手を伸ばさなければ。


「そう」


「うん」


「……ありがとう」


「うん」


 小声で交わされた、小さな会話。俺と彼女だけの通信。それが妙な空気を作って、戦闘の空気を少しだけ和らげた。


「戻ろうか?」


「うん」


「俺達の戦いに」


 俺達は揃って、頭上の空を見あげた。頭上の空では今も、彼女の親友が戦っている。彼女の親友は炎鳥を何度も殴ったり、蹴ったりして、相手の身体にダメージを与えていた。それにつづいて、カーチャも炎鳥の身体に傷を負わせている。二人(正確には、一人と一匹)は風のような速さで、炎鳥の事を追いこんでいた。


「でも」


 それに怯むだけの相手ではない。二人の力は確かに強かったが、相手はそれ以上に強かった。炎鳥は両手の翼を回して、赤い熱風を起した。それが、かなりの衝撃だったらしい。見ている俺達にも分かる程の風圧だったが、その熱も相当なモノらしかった。二人は相手の熱風に負けて、炎鳥の前から吹きとばされてしまった。


「うっ!」


 その声も、重なった。くそぉ、身体中が火傷だらけになっている。


「この!」


 ビアラは自身の体勢を崩したが、そこにカーチャが駆けつけた事で、その背中に何とか乗る事ができなかった。それに乗れなければ、地面の上に叩きつけられていただろう。本当に寸前のところだった。


「ありがとう、カーチャ」


「ワン!」


 そこは、共通なのね。擬人化が解かれた後はどうやら、人の言葉が話せなくなるようだが。


「ワン、ワン」


「分かっている。次は!」


「待って!」


 ここで、まさかのクリナさん。そう言えば、彼女もやる気満々だったね。


「アタシも、やるわ!」


 それに押しだまるビアラ。ビアラは何やら考えたが、やがて「ニヤリ」と笑いだした。これは、何か面白い事を考えたね。


「うん、一緒にやろう!」


 ビアラは俺の顔を見おろし、クリナも俺の顔に目をやった。すげぇ、息ピッタリ。二人とも無言だったが、俺に言わんとする事は同じようだった。はいはい、クリナさんに「強化魔法をかけろ」ってね。それはもちろん、分かっていますよ。


「剣と拳の共演だ!」


 俺はその言葉に応えて、クリナに例の強化魔法をかけた。それこそ、「ひょひょいのひょい」と。


「クリナ!」


「うん、ありがとう!」


 クリナは「ニコッ」と笑って、地面の上から飛びあがった。ビアラに負けず劣らずの脚力で。


「くらいなさい!」


 剣撃。


「こっちも!」


 つづいて、拳撃。


「熱々の鳥を冷ましてあげる!」


 二人はそれぞれの力を活かし、炎鳥の身体を突きやぶって、地面の上にそれを叩きおとした。それがあまりに格好良かったが……まあ、この空気を壊すのもアレだしね。鳥の身体は結晶化してしまったが、それをしばらくは拾わないでいた。

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