第74話 悪魔の気配、燃えあがる闘志 3

 その答えは、「うん、だいじょうぶ」だった。「まだ、何もされていなかったし。あいつ等、本当の見かけ倒しだからね。冒険者の間でも、『そんなに強くないって』って有名だし」

 

 格闘家さんは不機嫌な顔で、自分の腰に両手を当てた。彼女の腰は、引きしまっていた。格闘家のそれと同じく、無駄な贅肉が削ぎおとされていたばかりか、服の上からも腹筋らしき物が見えていた。ううん、これは相当に鍛えていますね。ノンスリーブの服からは、健康そうな両肩が見えていた。


「本当は、あいつ等の事をぶっとばそうとしていたけど」


「ごめん、余計な事をしたかな?」


 少女は、その言葉に首を振った。シオンとはまた違う、快活そうな笑顔を浮かべて。


「うんう、そんな事ない。助けてくれたのは、すごくうれしいよ? あたし達も、あいつ等の対応に困っていたからね。下手に暴れたら、面倒な事になるし」


 ううん、なるほど。確かにそうだ。「彼女達の方に非はない」とは言え、一応の聞き取りはされる。その際にあいつ等が嘘や誤魔化し、挙げ句は詐欺紛いの事でも言ったら。彼女達の立場も、一気に悪くなってしまうだろう。被害者の子どもを疑う者は少ないが、それを逆手に取る者もいるからだ。年端もいかない少女達が、大人達に詐欺紛いの事をする。あまり受けいれたくはないが、この乱れきった世界では、それもまた一つの現実になりつつあった。


「それが、とても悲しいんだけどね?」


「え? なにが?」


「うんう、なんでもない。コイツ等の事は、町の治安隊に任せよう」


「うん」


 少女は「ニコッ」と笑って、俺の前に右手を出した。俺にどうやら、握手を求めているらしい。


「あたしは、ビアラ。ビアラ・スウェンテ」


「スウェンテさんか。俺は、ゼルデ・ゼルデ・ガーウィン」


「ゼルデ、か。うん、いい名前だね」


「そっちこそ、可愛い名前だよ」


 少女もとえ、ビアラは、その言葉に「ニコッ」と笑った。その言葉が相当にうれしかったらしい。周りの少女達からは殺気が何故か感じられたが、当の本人は満足顔だった。彼女は口元の笑みを消して、自分の後ろを振りかえった。彼女の後ろには、その仲間達が立っている。仲間達は俺への警戒心を解いているが、獣使いの方は「う、ううう」と震えているものの、犬耳少女の方は嬉しそうな顔で、目の前の俺に「ニコッ」と笑っていた。


「えへへ、ありがとう」


「どういたしまして」


 そう笑いかけた俺だったが、その周りはどうやらご不満だったらしい。リオはその場に立っていただけだったが、それ以外は俺の周りを取りかこんで、その肩やら背中やらを蹴ったり、殴ったり、つねったりした。挙げ句の果てには、例の「女たらし」を言われる始末。彼女達は不満全開で、俺の背中を蹴飛ばした。な、なんで、だよぉ。俺が一体、何をしたって言うのだ?


「うるさい」


 ああ、理不尽。反論の余地すら与えてくれない。スウェンテさん達も、その光景にポカンとしている。


「アンタ、いつか誰かに刺されるわよ?」


 誰かにって、「誰に」だよ? 俺、何も悪くないよね? 目の前の困っている人達を助けただけだよね? それで、この扱い。リオの「モテる男は、大変だね」が無ければ、その場に泣きくずれるところだった。俺、別にモテないよ?


「それなのにぃ」


「うるさい!」


 クリナさん、痛いです。剣の鞘で殴らないでください。それ、遊撃竜の剣なんですよ? その鞘で殴ったら、超絶に痛いじゃないですか?


「女たらしに情けなんかいらないわ」


「なにそれ、酷い!」


 俺は自分の頭を撫でていたが、スウェンテさんに「大丈夫?」と話しかけられたので、その右手をすぐに引っ込めた。頭の痛みがなくなったわけではないが、そう言う空気になってしまったからだ。


「う、うん、いつもの事だから」


「い、いつもの事?」


 え? そんなに驚く事だった。犬耳少女も「それ」に興味を引かれたのか、俺の前に歩みよって、その匂いらしき物をクンクンと嗅いでいる。


「苦労の匂いがするワン」


「ふぇ?」


「女性にも、統率者にも。お前、とても苦労したらしいワンね?」


 変な喋り方が、それが彼女の口調らしい。栗毛色の髪がとても愛らしかったが、そのふわりとした毛並みとは裏腹に俺の背後からはまた、例の殺気が感じられた。俺、もしかすると本当に刺されるかも知れません。俺の肩に手を置いたクリナも、俺の顔をすげぇ睨んでいるし。


「これは、本当に危ないかも?」


 俺は自分の命に危機感を覚えたが、犬耳少女が俺に「わたしは、『カーチャ』って言うの!」と名乗った事で、その危機感を少しだけ忘れられた。へぇ、「カーチャ」って言うのか、この子。カーチャは確か、国の言葉で「忠誠」と言う意味もあったな。


「よろしく、カーチャさん」


「うん。それで」


 犬耳少女もとえ、カーチャは、自分の後ろに振りかえった。彼女の後ろでは、その主人がブルブルと震えている。どうやら、相当の人見知りらしい。俺達が「自分達の敵ではない」と分かった後も、カーチャの後ろにじっと隠れつづけていた。


「この子は、わたしのご主人。獣使いのティルノだよ」


「ティルノ、さん?」


 その返事はない。俺の顔をただ、じっと眺めているだけだ。


「アハハハ」


 うん。これはもう、笑うしかありません。だから、話の対象を変えた。彼等のリーダーと思わしき少女、目の前のスウェンテさんに。


「まあ、とにかく。お金を盗られないで」


「う、うん、それはよかったんだけど」


 うん? 何か引っかかる言い方だ。


「ね?」


「何かあったの?」


「ああ、うん。実はあたし達、入っていたパーティーから抜けてきたんだ」

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