第69話 成り上がりの先、見返すべき人 6

 運命を変える時だ。そう俺が思った瞬間である。「審判」と名のる男が闘技場の上に登って、俺達に戦いの決まり事、禁じ手のたぐいを伝えはじめた。だが、そんな事などすでに知っている。闘技場での戦いは、あくまで試合。ルール無用の殺し合いではないのだ。自分の対戦相手を戦闘不能にするところまでは許されるが、それ以上の状態、相手の生活に支障を与えるようなケガや、その命を奪うのは決して許されなかった。それがたとえ、「自分の不可抗力だった」としても。それに見あった罰を受けなければならない。だからこそ、彼は……。


「俺に自害を望んだのだ」


 相手が自らの意思で死んだのであれば、相手にその責任はない。それを見ていた人達からただ、「不運だったね」と言われるだけである。「自分の戦った相手がまさか、自分の前で死んでしまうなんて」と、ある種の同情を得られるのだ。「今日は、本当についていなかった」という風に。彼は(たぶん)、その同情を狙っていた。自分の罪が隠されて、それと同時にかつての仲間も葬れる。そんな一挙両得を狙っていたのである。



 俺は彼のやり方に苛立ちながらも、表面上では「それ」をずっと隠していた。今さらそんな事を言っても仕方ない。彼には普通の常識、人間の善がほとんど備わっていないのだから。そんな相手に何を言っても、自分の方が虚しくなるだけ、つまりは時間の無駄である。


「それなら」

 

 甘い気持ちは、捨てた方がいい。自分の中にある躊躇いも、それをすっかり捨てた方がよかった。下手な甘さは命取りになり、見返すモノも見返せなくなってしまう。俺は今までの戦いで学んだ魔法、それらの特性などを考えて、杖の先に魔法を溜めはじめた。


「マティさ」


「魔術師、か」


「え?」


「剣士のお前は、確かに有能だったが。今は果たして、『有能』と言えるのか?」


「それは、戦ってみれば分かります。俺が有能かどうか」


「ふん。まあ、そうだな」


 マティさんは、俺の顔を睨んだ。俺も、その目を睨みかえした。俺達は周りの感覚達が「ワーワー」と叫んでいる中、互いのしばらく見つめあったが、審判の男が俺達に「はじめ!」と叫んだところで、それぞれに自分の身体を動かしはじめた。


 ……先に動いたのは、マティさんの方だった。彼は得意の俊足を活かして、俺の背後をあっと言う間に取った。「死ね」


 そう言われたが、すぐに死ぬわけにはいかない。彼が自分の背後を取るのはすでに分かっていたので、背後の結界を普段よりも強くしておいた。だが、やっぱり破られる。彼の大剣には魔法が掛けられているので、通常の大剣よりもずっと強いのだ。周りの人達にはたった一撃に見えるそれが、三枚重ねの結界を破いてしまう。マティさんは結界の強度に呆れながらも、攻撃の手はやっぱり休めずに次から次へと動きつづけた。


「どうした? 『真の才能』とやらは、そんなものなのか?」


「くっ!」


 そんなわけはない。そんなわけはないが、相手の方はそれ以上に強い。相手が自分に攻撃を仕掛ける瞬間は何となく分かるが、それに応じるのが精一杯で、クリナにも掛けた例の強化魔法、それが今も働いていなければ、今はかすめる程度で済んでいる大剣も、大剣の後から掛けてくる強力な魔法も、もろに受けてしまうだろう。彼の攻撃を受ければ、戦闘不能は必至だ。下手をすれば、そのまま死んでしまう事も。彼は接近戦の剣戟、遠距離戦の魔法も極めた、文字通りの最上位者なのだ。それと今、自分は戦っている。


「まだだ!」


 俺は相手の幻術モドキを撥ねのけて、彼に例の砲撃魔法を放った。砲撃魔法は、彼の身体に当たった。当たったが、それはどうやら残像だったらしい。マティさんは魔法が当たる瞬間にサッと動いて、その空間に残像だけを作り、呆れるような顔で俺の背後をまた取った。


「期待外れだな」


 それを聞いたのは、一瞬。次の瞬間には、彼の大剣が襲いかかってきた。


「死ね」


「るか!」


 そうは叫んだが、相手の大剣を防ぐだけで精一杯。次の蹴りには、流石に応じられなかった。その勢いに負けて、地面の上に叩きつけられた。


「ぐわっ!」


 とんでもない痛みだ。普通の人間ならまず、即死だっただろう。魔法の力で重傷は免れたが、俺が落ちた闘技場の上には罅が走り、その表面にも大きな凹みができていた。


「くっ、うっ、はっ」


 俺は、地面の上から何とか立ちあがった。本当は、今にも倒れそうだったけどね。それを「気持ち」と言うか、気迫でねじふせたのだ。目の前の視界がどんなにぼやけて、頭の中がぼうっとしていても、フラつく足をなんとか立たせては、真面目な顔で自分の杖を握りつづけていたのである。


「まだ、だ」


 無視。


「まだ、終わらない。俺は、まだ」


 無視、ではないようだ。彼の溜め息を聞く限り、それにはちゃんと応えてくれたようである。マティさんは自分の大剣を振って、俺にその鋒を向けた。


「諦めろ」


 嫌だ。


「お前は所詮、無能なんだ。たとえ、魔術師に変わったとしても。その事実だけは、変わらない。お前は、救いようのないクズなのだ」


 うるさい。そう思いかけた時だった。周りの少女達と試合を見ていたミュシアが、観客席の上から立ちあがって、その言葉をすっかり遮った。「そんな事、ない! 彼は、あなたよりもずっと強い」


 ミュシアは、俺の顔に視線を移した。あの時と同じ、女神のような笑顔を見せて。


「信じて」


「え?」


「自分を信じて。自分の才能を、自分の夢を。あなたには、『それ』ができる。それをできるだけの力がある」


 俺は、その言葉に胸を打たれた。そうだ、そうだよ。俺は、こんなところで負けられない。俺には、俺の叶えたい夢があるのだ。それを叶えるためにも……。


「絶対に立ちあがってやる!」


 俺は意識の中に流れた言葉、その呪文を思いきり叫んだ。


(我よ、進化せよ)!」

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