第70話 成り上がりの先、見返すべき人 7

 進化。それはつまり、自分が前に進む事。過去の記憶を超えて、未来の自分を目指す事。それが俺の魔法であり、これからも変わらない普遍原理だった。最高の力に甘んじない。最高の力は所詮、ただの力だ。それに人の思いが加われなければ、ただの凶器になってしまう。


 相手の尊厳を踏みにじる、ただそれだけの力に。悪魔のような災いに。「力」と言うのは、未来のため、光のために使わなければならないのだ。それを使う自分自身が闇に飲まれないように、その善を信じなければならないのである。彼女は、「それ」を教えてくれた。力の意味を、それを扱う資格を、そのスキルを通して、俺に教えてくれたのである。


「だったら!」


 俺も、それに応えなければならない。彼女が目覚めさせてくれた、この力を使って。


「俺は!」


 俺は真面目な顔で、相手の顔に目をやった。相手の顔は、かなり驚いている。目の前の状況についていけないのか、敵の俺に「な、なんだ、その目は? 桃色に輝く目は?」と呟いていた。「身体の傷も、すっかり癒えて」


 俺は、その言葉に驚かなかった。それが俺の新しい力、「進化の目覚めだ」と気づいたからだ。自分の力を高める、文字通りの新覚醒。それが今、俺の身体に起っていたのである。女神の言葉がキッカケとなって、その力を何倍も高めていた。「これなら」


 俺は、相手の目を睨んだ。相手の目は、それに脅えている。


「マティさん」


「な、なんだ?」


「行きます」


 俺は、今の場所から走りだした。それも、最初の一歩目からとんでもない速さで。俺は風のように舞い、水のように進み、火のように動き、土のように止まって、相手の背後をあっと言う間に取った。


「食らえ」


 そうは言ったが、それを素直に食らう相手ではない。マティさんは持ち前の反射神経で、俺の魔法を見事に防いでしまった。だがそれは、本当に偶々だったらしい。彼は俺の攻撃こそ防いだが、その衝撃自体は抑えられなかったようで、自分の身体が後ろに飛ばされた後は、悔しげな顔で自分の大剣を見ていた。彼の大剣には、大きな罅が入っている。


「くっ、舐めた真似を! お前などが」


「俺に敵う筈がない。そうやって、いつまで他人を見くだすつもりだ?」


「なに?」


!」


 俺は、杖の全体に魔力を溜めた。今までは杖の先にしか魔法を溜めていなかったが、彼には砲撃魔法がほとんど通じない以上、「選距離よりも近距離戦の方がいい」と思ったかだ。接近戦に持ちこめば、その勝機も充分にある。あの大剣は威力こそ強いが、小回りが利かない。


「そこを狙えば!」


 俺は杖の形を変えて……金色の槍に変えて、彼の懐に飛びこんだ。彼の懐は今、文字通りの隙だらけである。俺の槍に気づき、自分の大剣でそれを捌こうとしたが、その行動もすでに遅かった。俺は相手の大剣を捌いて、彼の鎧を粉々に砕いた。


「はっ!」


「なっ、あ……」


 茫然自失ぼうぜんじしつ。相手は今の状況がまったく分かっていないようで、自分の身体をぼうっと眺めつづけていた。


「これが」


 数秒の間。


?」


 俺は、その言葉に応えなかった。それに応えるのは、あまりに傲慢すぎる。自分の力に自信を持つのは大事だが、それに驕るのは論外だったからだ。俺は自分の槍に目をやって、それからまた、目の前の彼に視線を戻した。


「マティさん」


「なんだ?」


「貴方の負けです」


「俺の鎧を砕いただけなのに?」


「それでも、貴方の負けです。自分の鎧が砕かれた時点で」


「つまらんな」


「え?」


「つまらん冗談だよ。『戦い』とは、命のやりとり。それが決するまで終わらない。お前はただ、自分の力に酔いしれているだけだ。『俺よりも勝っている』と言う、その優越感に。お前は……そうだな、ざまぁ見ろ。その内心で、『ざまぁ』と思っているのだろう? 自分の追放者である俺に対して」


 俺は、その言葉に悲しくなった。この人からまさか、そんな子ども染みた事を聞くなんて。怒りよりも悲しみの方が勝ってしまった。俺は自分の足下に目を落として、その頭を何度も降りつづけた。


「思っていません」


「嘘をつけ」


「本当です。現に今も、俺は」


「なんだ?」


「俺はただ、貴方の事を見返したかっただけです。どんなに冷たくても、自分の夢に真っ直ぐだった貴方を。俺の未来に夢をくれた、貴方を……。俺は、貴方と同じように」


「ゼルデ」


 マティさんは、地面の上に寝そべった。それが何を意味するかは分からなかったが、彼の表情を見る限り、それが無意味のようには思えなかった。彼は自分の右手を上がると、それで太陽の光を遮った。


「もういい」


「え?」


「それ以上は、もう。俺は、お前に思われるような人間ではない」


「かも知れません。かも知れませんけど、やっぱり恩人に変わりはないんです。あの時、俺の事を救ってくれた」


「ゼルデ……」


「マティさん」


「ゼルデ」


「はい?」


「俺には、俺の正義がある」


「知っています」


「だがそれでも、悔しいモノは悔しい」


「それも、知っています。『良い』とか『悪い』とかに関わらず、人間には決して譲れない物がある。俺と貴方の場合はそう、それがただ水と油だっただけの事です」


「そう、だな。でも、これだけは一つ」


「なんです?」


「俺ともう一度、組む気はないか?」


 俺は、その言葉に首を振った。それが最善の答えであり、また同時に最高の返事でもあったからだ。


「それは、『もう遅い』ですよ? 俺にはもう、大切な仲間達がいますからね? 彼女達の事を裏切れません」


「そうか。それを聞いて、ホッとしたよ。ここでもし、お前が『うん』とうなずいていたら。その時は、お前を迷わずに斬っていた」


 マティさんはどこか、嬉しそうに笑った。俺もそれに釣られて、笑ってしまった。俺達は過去の事を残しながらも、(おそらくはマティさんも)穏やかな顔でそれぞれの未来を考えはじめた。


 マティさんは、地面の上から立ちあがった。どこか晴れ晴れとした顔で。


「次の仕事は、決まっているのか?」


「い、いえ、まだ。でも、すぐに受けるつもりです。仕事が上手くいけば、世の中もそれだけよくなりますから。辞めるわけにはいかない。俺には」


「うん?」


「あ、いや、それ以外にも目標ができましたし」


「ほう、その目標とは?」


「ある槍使いを超える事です。たった一人でアーティファクトの軍団を倒した、『フカザワ・エイスケ』と言う槍使いを。俺は」


 マティさんは、その続きを遮った。まるで何かに脅えるかのように、普段の自分をすっかり忘れていたのである。彼は真剣な顔で、俺の目を見かえした。


「ゼルデ」


「はい?」


「そいつとは、絶対に戦っては駄目だ」

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