第62話 かつての仲間、これからの友 6

 白魔法の特徴は、「回復」と「補助」にある。それ自体に強い力はないが、様々な力と組みあわせる事で、その力を何倍も高められるのだ。それこそ、真っ白な紙に綺麗な絵を描くように。彼女が得意とする白魔法は、そんな可能性に秘めた物だったが……今回の場合は、白魔法単発で使ったらしい。相手の動きを止める、捕縛魔法のそれで。彼女は(本来なら)剣士である俺との連携に使う捕縛魔法を活かし、自分の味方が襲われそうなところで、その見事に防いでしまったのだ。

 

 俺は、その光景に眉を寄せた。彼女の魔法が、不快だったわけではない。その魔法を見て、自分の胸が締めつけられたわけでも。彼女はかつての相棒よろしく、俺の仲間にも「それ」をすぐに使ってくれたのだ。俺の仲間がモンスターにやられないようにね。だから、彼女の厚意に思わず「ありがとう」と言ってしまった。「俺の仲間を助けてくれて」

 

 彼女は一瞬、その言葉に口を結んだ。それが何を意味するのかは分からなかったが、彼女が俺の方を振りかえって、それに「うんう」と微笑んだ顔からは、喜びよりも悲しみの方を感じてしまった。彼女は口元の笑みを消して、正面の敵にまた振りかえった。正面の敵はまだ、彼女の白魔法に捕らえられている。


「今はまだ、大丈夫だけど。でも、長くは!」


「分かっている」


 彼女も俺と同じAの冒険者だが、一人で刃虎を抑えるのはやっぱり辛いのだろう。表情の方はまだ落ちついているが、その額からは汗らしき物が見えていたし、その目からも余裕がだんだんと失われていた。


「ミュシア!」


「はい!」


「マドカの姿を隠して! マドカは、その隙に敵から!」


 二人は、その言葉にうなずいた。目の前の敵がいつ動きだすか分からない以上、通常のやり方で逃げだすよりは、そうした方がずっと安全である。「また敵が仮に動けなかった」としても、目の前の人間がいきなり消えれば、それにいくらか驚く筈だ。「なっ! どうして?」と言う風にね? 相手に僅かな動揺と隙が生まれるだろう。その隙を突いて……。


「あの怪物を倒せばいい!」

 

 俺は、自分の背中から杖を引きぬいた。杖の先にはもう、俺の魔力が溜まっている。あの遊撃竜を倒した、とんでもない量の魔力が。俺は二人の動きを確かめ、刃虎が目の前の状況に狂っている(たぶん、「透明化」のスキルに驚いているのだろう)ところを見て、そのモンスターに強力な魔法を放った。魔法は、刃虎の方に飛んでいった。あの美しい光を放って、草原の上をまっすぐに飛んでいったのである。魔法は刃虎の身体に当たり、最初は身体の表面を、次にその四肢を燃やして、最後に獲物の骨を焼きつくした。


「この魔法は、やっぱり強い。でも」


 それと同じくらいに危ない。攻撃の範囲が結構広いので、自分の仲間も捲きこむ可能性もある。だから、使いどころが難しい。狭いところでは、まず使えない(あるいは、使いづらい)魔法だった。俺は刃虎が結晶体に変わった後も、黙ってそのクリスタルを眺めていた。


「勝った」


 これは、俺ではない。俺の前に歩みよったリオだった。リオは俺の顔をしばらく眺めていたが、何やら思うところがあるようで、その視線をすぐに逸らしてしまった。


「凄いね」


「何が?」


が。剣士の頃も、凄く強かったけど」

 俺は、その言葉に押しだまった。彼女の中ではまだ、剣士の俺がいるらしい。彼女の隣にいつも立っていた、剣士の俺が。俺は「それ」に胸を痛めたが、「それはもう、過去の事だ」と思いなおすと、真面目な顔で彼女の顔を見かえした。


「だから、もう一度歩く」


「え?」


「もう一度歩いて、最強の冒険者に成りあがる。最強の冒険者になりあがれれば、魔族の親玉にも、絶対に勝てる筈だ。俺と同い年の、使にも」


「ゼルデ……」


 リオは、俺の手をそっと握った。それに驚く俺を無視して。彼女は、かつての彼女と同じように「ニコッ」と笑いはじめた。


「なれるよ」


 無言の返事。


「ゼルデなら、きっとなれる。あたしは、ゼルデの才能を認めていたし。それにゼルデ自身の事も好きだったから」


「リオ……」


 そこで突然に現れた咳払い。咳払いの主は、俺達の事を見ていた少女達だった。少女達は目の前の光景に不満があるらしく、俺の顔をまじまじと見ては、まるで「それ」を責めるように「まったく」と呆れはじめた。「この男は、いつも」


 俺は、その言葉に瞬いた。俺、何も悪い事していないんだけど?


「それなのに?」


 あれ、無視ですか? みなさんなぜか、そっぽを向いている。クリナなんて、俺の方に剣先を向けていた。君、こう言う時は強いね。


「あ、あの?」


「ああん?」


 ひぇええ、声が重なったよ。鋭い声が、何重にも鋭くなっている。


「なに?」


「い、いえ、何でもありません!」


 俺は、周りの少女達に頭を下げた。その理由は分からないが、「そうしなきゃならない」と思ったからだ。そうしなければ、俺の人生が死んでしまう。俺の目をじっと睨んでいる少女達は、その目こそ笑っていたものの、その裏側ではオーグのような雰囲気を漂わせていた。


「ただ」


「ただ?」


「う、ううう」


 これは、話を逸らす必要がありますね。


「と、とにかく! 今は、クリスタルを拾おう! 刃虎も、せっかく倒したんだし。ね?」


 俺は「アハハッ」と苦笑いして、刃虎の結晶体を拾った。

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