第61話 かつての仲間、これからの友 5

 思わぬ人から例の一言をもらった俺だったが、今回の目的地に着くと「それ」もすっかり無くなってしまった。目的地である草原の中には、草食動物達の姿が見られる。彼等は足下の草を食べたり、自分の仲間と身体を会わせたりして、それぞれに穏やかな時間を過ごしていた。その中で何故か争っている動物達も、「本気で相手の事を殺そう」とは思っていないらしく、互いに頭の角をぶつけ合って、その力をただ競いあっているだけだった。

 

 俺は、その光景にホッとした。普通の動物が、特に草食動物がゆっくりしている光景は、その心に安らぎを与えてくれるからだ。彼等の頭上を飛んでいる鷲達は、少し不気味だったけどね? それ以外には、何の不安も感じなかった。自分の頭上をふと見あげた羊も、「頭上の鷹に脅えた」と言うよりは、「その鷲をぼうっと眺めたかった」と言う印象が強かった。


「平和だな、本当に」


 ここには、自然の空気が流れている。魔王の匂いに侵されていない、自然本来の空気が。それに満足感を覚えた俺だったが、パーティーの周りに張っている結界は決して解かなかった。今回の敵が、いつ襲ってきてもいいように。今回の敵は、「地上の覇者」と呼ばれる程の強敵だ。奴等は「奇襲」を得意とし、あらゆる生物の死角をついて、その生物に襲いかかってくる。正に「速さの擬人化」とも言える敵だった。そいつの牙に襲われれば、普通の冒険者なら一撃でやられてしまう。


 俺は無色透明の結界を張りつつも、自分の周りをぐるりと見わたして、敵が現れるのをじっと待ちはじめた。周りの仲間達も、俺と同じようにじっと待ちはじめた。弓術士であるシオンは、その左手に弓を持って。新米剣士であるクリナは、その両手に剣を握りしめて。俺達は「透明化」の使えるミュシアを真ん中に置き、東西南北の位置に立って、獲物の出現をじっと待ちつづけた。


「こ、来ないわね」


 これは、クリナさん。彼女はパーティーの西側を守っていたが、例の「怖がり」が出てきたようで、自分の剣をブルブルと震わせていた。


「その、『刃虎』って奴」


 シオンは、その言葉に「そうだね」と答えた。とても真剣な声で、声の調子をまったく変えずに。


「刃虎は、どんなところにも隠れられるから。たとえ、開けた草原の中でも。その死角を必ず見つけてしまう。今回の場合も」


 それにつづいたのは、マドカさんもとえ、マドカだった。彼女も冒険者の経験ならクリナに勝っていたので、その続きをどうやら読めたようである。彼女は右手の短剣をくるくると回したのか、その音が俺にもしっかりと聞こえてきた。


「その例に漏れない。あいつは、身体の色を自由に変えられるからね。普段の色は、白だけど」


「な、なるほどね! つまりは、『紙のような怪物だ』と?」


「そう言う事だね。だから」


 マドカが、そこから先を言おうとした時だ。今まで地面の草を食べていた草食動物達が突然に走りだし、その一体が悲鳴を上げて、地面の上に押したおされてしまった。それと一緒に聞こえる、猛獣のような声。草食動物は力の限りに抗ったようだが、相手の力があまりに強かったらしく、俺達が動物の鮮血を見た時にはもう、悲しげな声を上げて、その獰猛な相手にすっかり食いころされていた。



 周りの少女達も、その言葉にうなずいた。少女達は獲物の方に視線を移して、それぞれに自分の武器を構えはじめた。


「誰が行く?」


 それは、もちろん……。


「私だよ!」


 そう言って放たれたシオンの矢は、獲物の身体にグサリと刺さった。ううん、いつ見てもいい腕だ。相手に攻撃をやや躱されたものの、「迷彩」が解かれた一瞬の隙をついて、相手の急所近くを見事に当てている。これには、流石の刃虎も驚いただろう。刃虎は真っ白な身体を見せて、俺達の方に襲いかかってきた。


「うっ!」


 シオンは、自分の後ろに下がった。相手の攻撃に怯んだ事もあったが、それで周りの結界が破れてしまった事もあり、戦闘意識よりも生存意識の方が働いたようだった。シオンは横目で、マドカの顔を見た。どうやら、何かしらの意思を伝えたいらしい。


「やれる?」


「もちろん」


 何がもちろん、なのだ?


「奇襲なら、オレも得意だからね?」


 マドカは「ニヤリ」と笑って、獲物の後ろに回った。な、何と言う移動力だろう! 一瞬で相手の後ろを取った動きは、俺が前に見た動きよりもずっと速かった。マドカは右手の短剣を光らせ、また「ニヤリ」と笑って、相手の首に短剣を突きさそうとした。だが……。


「くっ!」


 相手は、「地上の覇者」と言われる程の怪物。短剣の一撃でやられる程、柔な相手ではなかった。刃虎は首の痛みに悶えながらも、マドカの身体を短剣ごと吹きとばして、彼女の方にサッと向きなおった。


「う、うううう」


 その唸り声も、猛々しい。これは、相当に怒っている。彼女の身体に向かって振りあげられた腕は、大木のそれよりもずっと太かった。このままでは、彼女がやられてしまう。俺はあわてて、彼女の前に結界を張ろうとしたが……。


「やらせない!」


 協力者の言葉にそれを阻まれてしまった。リオは刃虎の身体に魔法を放って、その動きをすっかり封じてしまった。


 俺は、その魔法に胸を打たれた。それは、彼女が最も得意な捕縛の白魔法だったからである。

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