第60話 かつての仲間、これからの友 4

 人の縁は、合縁奇縁。一度は別れが相手とまた、違う場所でもう一度会ったりする。彼女も場合も「それ」と同じだが、その中にある感情がこれまた複雑な事もあり、これを喜んでいいのか、それとも、拒んでいいのか分からなかった。彼女は俺にとって旧知の仲であり、また迫害者の一人でもある。彼女自身が(直接に)手を下したわけではないが、あそこでマティの行動を止めなかったのは事実だし、周りの連中と一緒になって「それ」を喜んでいたのも確かだった。「私は、お前とは違う。お前は、文字通りの無能だ」ってね。あの時見せていた笑顔は、それをはっきりと映しだしていた。

 

 彼女は、彼女の思っている以上に自尊心が高い。今は後悔の念でいっぱいになっているようだが、「それ」がいつしか忘れられ、かつての傲慢が戻ってくるようだったら……辛いけれど、いろいろと考えなければならないだろう。追放以外の方法で、彼女の処遇を考えなければならない。傲慢な人間とは、それだけ危険な人間なのだ。今は彼女の事を考え、また仲間の思いをくんだ上で、今回のクエストに彼女を加えたが……まあ、いい。考えるのはもう、止そう。これは、いくら考えても仕方のない問題だ。俺達の過去が変えられないように、その根っこも変わるわけでない。ただ、前へと進むしかないのだ。俺が掲げた夢と同じように。


「俺は」


 そう、絶対に見かえしてやるのだ。この理不尽な現実を、その現実が生んだ不条理を。自分の意思を持って、絶対に見かえしてやる。「復讐」からくる報復は、その内心で「ざまぁ」と思っても、それは一時の快感でしかない。それが過ぎればまた、恐ろしい虚無感が襲ってくる。俺も旅の道中で様々な人を見てきたが、その真理だけは絶対に揺るがない物だった。相手への復讐を果たしても、自分は決して幸せにはなれない。彼等は自身の復讐を果たすまではいいものの、それが果たされた後には、「これからの事」がまったく分からず、空っぽなハーレムや、虚ろな財産、粗末な領土に引きこもって、光のない人生を生きていた。


 俺は、その光景に虚しくなった。彼等は(表面上では)幸せそうだったが、その目には光がまったく宿っていない。コップの酒をただ飲みほし、自分の周りに女性達を囲ませて、現実の麻薬に酔いしれているだけだった。自分の人生をおとしめる、悲しい麻薬に。それを見てきたからこそ、「『ざまぁ』なんて下らない」と思っていた。自分の前に相手をひざまずかせる自分は、「その相手よりもずっと愚かしい」と思えたからである。そんな事をしても、自分の人生は何も変わらないのに。


「だから……」


 そこで思考が途切れたのは、隣のマドカさんに話しかけられたからも知れない。マドカさんは俺の顔をしばらく見たが、ふと何かを思ったらしく、真面目な顔で自分の正面に向きなおった。彼女の正面には、今回の協力者が歩いている。


「オレが言うのもなんだけどさ。あいつの事、別に許さなくてもいいんじゃない?」


「え?」


 思わず驚いてしまったが、それもすぐに落ちついてしまった。彼女の言わんとする事が、何となく分かってしまったからである。


「それは……」


「別にどうでもいい。あんたは、別に聖人じゃないでしょう? この世の悪をみんな許すようなさ。神様みたいな人間じゃない。人間はね、その恨みも立派な原動力になるんだよ」


 それは、充分に分かっている。恨みは負の感情でこそあれ、生きる意味では必要な要素だ。憎い相手を恨むからこそ、自分の人生も支えられる。教科書通りの人間にはうなずきにくい事だろうが、それもまた、現実の悲しい真理だった。相手への恨みが、自分を生かす事もある。


「分かっているよ。分かっているけど」


「それを割りきるのは、難しい?」


「うん」


「まあ、それが普通だからね。オレも……たとえ産みの親でもさ、そいつらを許す事はできない。『こう言う人生を選んだのは、オレ自身だ』としても。心のどっかじゃ、親の事をいつも恨んでいる。『それは、いけない』と思っている自分の事もね」


「う、うん」


「あの子はたぶん、『これから変わる』と思う。いや、『変わっていく』と思う。自分の中にあるいろいろな物を削ぎおとして、素の自分に生まれかわるんだ」


 俺は、その言葉に胸を打たれた。彼女は、俺が思う以上に凄い人かも知れない。「盗賊」と言う犯罪を繰りかえした事で、そこからある種の悟りを開いていたのだ。自分のやった事は決して、許されない。許されないから、その中に悟りを抱く事もできる。自分が新しい自分に生まれ変わるために。そう考えると、彼女が今語った言葉は。


「なぁんってね。これはたぶん、オレの話。あの子の過去に格好つけた」


「『そうだ』としても、やっぱり」


「うん?」


「マドカさんは、凄いよ」


 マドカさんはその言葉に驚いたが、やがて「フッ」と笑いだした。あれ? 何かおかしな事でも言ったのだろうか? クリナさんは何故か、俺達の方をチラチラと見ているけど。


「『さん』は、要らない」


「え?」


「オレはもう、あんたの仲間なんだからさ。仲間の男に『さん』付けされると、何だか気持ち悪くなる」


 俺は、その言葉に目を見開いた。それ程に驚いたが、でも悪い気はしなかった。彼女は、彼女なりに俺の事を認めてくれたらしい。


「分かった。それじゃ、これからは……そうするよ」


「フフ、ありがとう」


 クリナさんは、その事に頬を膨らませた。何だか分からないが、かなり怒っているらしい。



 えぇえ、君も「それ」を言うの?

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