第59話 かつての仲間、これからの友 3

 思わぬ結果だったが、彼女がそう望むなら仕方ない。本当はいろいろと言いたい事もあったが、女性陣の妙な空気が加わって、それをどうしても言いだせなくなってしまった。それこそ、「これ以上は、ダメ」と言う風に。女性特有の連帯感ができあがってしまったのだ。男の俺では決して踏みこめない、女性限定の領域。思春期の少女が放つ、不思議な高揚感。それを見たのならたぶん、どんな男も押しだまってしまうだろう。少女達はリオの罪を憎みながらも、それを同時に許していたのである。こんな事は、男の俺にはできない。人間の繋がりにどうしても男を入れてしまう、俺には。

 

 俺は周りの通行人達に見られながらも、黙って目の前の少女達を見つづけた。少女達は、彼女に自分の事を話しはじめた。自分の話せる範囲で、彼女との間に然るべき線を引きつつ……まあ、探りあいみたいなモノをはじめたのだ。俺との関係からはじまって、その内容を根ほり葉ほり聞きはじめたのである。「正直、彼の事はどう思っているのか?」と、そう言う風な事を聞きはじめたわけだが、ううん。


 ねぇ、お嬢様方。今はそんな事、どうでもよくない? 俺と彼女がどんな関係だろうとさ、君達には何も関係ないではないか? 俺と彼女がいわゆる、「長年の戦友だ」としても。その間には、友情以外は何も無い筈である。俺があのパーティーから追いだされる時、周りの連中と一緒になって笑っていたのはショックだったけどさ。それ以外には、特に……。そんな事を考えていた時だったか? リオに何故か、「ねぇ?」と話しかけられてしまった。


「ゼルデ」


「なに?」


「『ゼルデ』って、その……結構モテるんだね?」


「は?」


 何を言っているの? 俺が女の子達にモテるなんて。


「そんなわけない」


 その先を思わず飲みこんだ。俺が「それ」を言おうとした瞬間、残りの少女達に「ギロリ」と睨まれてしまったからだ。あの陽気なシオンすら、今はオーグのように笑っている。彼女達は俺の反論を聞きながして、例の一言をボソリと呟いた。


し」


 俺は、その言葉に叫んだ。それも、有りっ丈の力を込めて。


「だから! 俺は、女たらしじゃねぇ!」


 反応なし。え? え? 何なの、この空気? 通りの冒険者達からは溜め息をつかれているし、市場の女将さんには苦笑いされている。正に意味不明の空気だ。若い男の集団からは、「ちょっとは、俺達にも分けろ!」とか言われているし。もう、何が何だか分からない状況である。


 俺はその状況に戸惑ったが、「ここは、空気を変えた方がいい」と思いなおして、周りからの視線に耐えつつ、リオも含めた女性陣の足を促して、町のギルドセンターに向かった。ギルドセンターの中はもちろん、冒険者達の姿で溢れている。新しいクエストを受ける者や、クエストの成功を伝える者。俺達の横を通りすぎていった冒険者達も、その構成自体は若い人が多かったが、戦闘の剣士をはじめとして、クエストの成功を思いきり喜んでいた。


 俺は、ウェルナの窓口に向かった。その窓口で話すのが、一番気楽だったからである。俺は窓口の彼女と話し、ついでにリオの事も伝えて(この時に何故か、二人に苦笑されたが)、ウェルナに「ちょっと難しそうなクエストはない?」と聞いた。「このパーティーも、だいぶ大勢になったし。『そろそろ、大きい仕事でも受けてみようかな?』と思って」

 

 ウェルナは、その言葉に眉を寄せた。それを見た感じ、かなり考えこんでいるらしい。普段ならすぐに返ってくる返事も、この時はなかなか返ってこなかった。彼女は何処か躊躇いつつも、机の中から依頼書を取りだして、机の上に「それ」をゆっくりと置いた。


「最近、入ったクエストなんですが」


 そう言って彼女が指さす依頼書には、「刃虎ばこ」の名前が書かれていた。


「これの事はもちろん、知っていますよね?」


「もちろん、知っているよ。遊撃竜と同じ、魔王の放った危険な魔獣。空中の覇者が遊撃竜なら、地上の覇者は刃虎ばこだ。刃虎は、竜撃竜とは反対に白色で」


 その後につづいたシオン。彼女もまた、刃虎の名前に胸が高鳴っていたらしい。


「遊撃竜と同じくらいの強さがある。普通の冒険者なら、即死レベルの強さだね。正に密林の王。冒険者の先輩から聞いた話じゃ、『野生の虎でも一撃でやられる』って」


 クリナは、その話に震えあがった。まあ、それも仕方ないだろう。「透明化」のスキルがあるミュシアや、元盗賊であるマドカさんはそれ程でもないが、冒険者の経験が周りよりもずっと少ない彼女にとっては、文字通りの猛獣でしかなかった。クリナは刃虎の存在に怯えながらも、いつもの強がりを見せて、あげくは「そ、そんな怪物、アタシ一人で充分だわ!」と言いだした。「い、一匹の虎を狩るくらい!」


 俺は、その言葉にうなずいた。根拠のない自信ではあったが、それに脅えているよりはずっとマシだった。これならたぶん、このクエストも上手くいく。俺は周りの少女達を見わたし、彼女達の許しを得た上で、目の前のウェルナにまた向きなおった。


「ウェルナさん」


「は、はい!」


「このクエストを受けます」


「……分かりました。では、受注の手続きを進めさせていただきます」

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