第53話 変わる少女達 3

 歓迎会は、上手くいった。最初は戸惑い気味だった少女達も、少女特有の連帯感( のようなもの)が生まれて、それぞれの名前を呼びあうだけではなく、彼女達だけで通じる話のようなものも始まって、俺が食後の飲み物を飲んでいた時にはもう、小規模な宴のようなものを開いていた。甘いジュースをどんどん飲み、ついでに甘いデザートも頼むような宴を。その光景に思わずポカンとするようなパーティーを。俺の財布などまったく無視して、テーブルの上に開いた皿を次々と重ねていった。

 

 俺は、その光景にただただ驚いた。彼女達は決して太ってはいなかったが、その痩せた身体に料理がどんどん入っていく光景は、底なし沼のそれと同じく、見る者をただ驚かせてしまったからだ。彼女達の前に甘い物が置かれれば、それはすぐに沈んでしまう。辛うじて残っていたデザートも、俺が気づいて時にはすっかり食べられていた。

 

 俺は、彼女達の食欲に怯みつづけた。


「あ、あの?」


 無視、でございます。俺が全員の顔を見わたしても、その視線にまったく気づいてくれなかった。こいつは、思った以上に厄介ですね。彼女達に「そろそろ!」と叫んだ時は、周りの冒険者達にもじろじろと見られてしまった。


 俺は周りの少女達に話しかけて、歓迎会の終了を伝えた。これ以上は、俺の財布が逝ってしまう。


「今日はこれくらいに、ね?」


 少女達は、その言葉にうなずいた。年相応の残念は見られたものの、その根はやっぱりいい子達なようで、俺が彼女達に自分の財布を振った時は、どこか申し訳なさそうな顔を浮かべていた。彼女達はマドカさんの言葉につづいて、主催者の俺に「ありがとう」と微笑んだ。


「今日は、素敵な会をありがとう」


「う、うん。いや」


 それは、ちょっと照れるな。心の方もどこか、くすぐったい。


「そんな事、ないよ?」


 俺は「ニコッ」と笑って、店の勘定を済ませた。勘定の中身は、あえて言わない。それを言うのは、野暮だからね。俺へのダメージは高いが、それ以上に得る物があるからだ。仲間の歓喜と幸福、その組み合わせ。それらを壊すのは、俺にはどうしてもできない。町の光景はいつもと変わりなかったが、そこを歩いている彼女達の顔は誰よりも輝いていた。


 俺は、その光景に胸を打たれた。


「人間を救うのは、効率ではなく……」


 愛。それも、人間らしい愛。人間が人間であろうとする愛。あの人は「それ」と対局に立って、自分の夢を叶えようとしていた。たった一人の、自己満足のために。


「自己満足の先にはたぶん、破滅が待っている。自分自身も滅ぼすような破滅が」


 そう言いおえた瞬間だろうか。正確な時間は分からなかったが、俺が気づいた時にはもう、マドカさんに自分の腕を捕まれていた。それに驚く俺を無視してね。仕舞いには、俺の身体に抱きついてきた。

 俺は、その感触にたじろいだ。その感触があまりに柔らかかったから。それを見ていた少女達の事など、その意識にまったく入ってこなかった。俺はあわてて、彼女の身体を放した。


「ちょ、ちょっと!」


「ふふふ、なに?」


 妖しげな顔。いや、笑顔か? どっちにしても、楽しげな顔だった。君、そんな顔もできるんだね。顔の頬もなぜか、赤くなっているし。少年っぽい顔が、すげぇ乙女っぽく見える。これは、道行く冒険者も振りむくね。あの顔は、どう見ても美少女だ。それも自分の胸元を見せるくらい……うん? 自分の胸元を見せるくらい?


「どうしたの?」


「い、いや、別に!」


 必死に誤魔化しました、はい。でも彼女には、それが通じなかったらしい。「ニヤリ」と笑ったのは、どう見ても確信犯だ。


「何でも」


「ふうん。まあ、『それ』が男だからね。オレは、嫌いじゃないけどさ。男への色仕掛けは、何度もやっているし。流石に交わっては、いないけど」


 周りの少女達は、その言葉に眉を寄せた。どう言う理由かは分からないが、今の言葉が気に入らなかったらしい。クリナをはじめ、残りの少女達も詰めよってきた。


「は、はしたない! アンタは、そんな」


 マドカさんは、その言葉に怯まなかった。この手の話題にはどうやら、彼女の方が一枚上手らしい。


「別にいいだろう? 好きな男とは、仲よくしたい。あんた達だって、その結果に生まれたじゃないか? キャベツ畑から生えてきたわけじゃあるまいし」


 ううん、超正論。これには、流石のお嬢様方も黙りである。彼女達は恥ずかしげな顔で、その言葉に「それでも!」と言いかえした。「そ、そう言うのは!」


 マドカさんはまた、その言葉を無視した。それも、かなり格好良く。「フッ」と笑った時なんか、美少年と美少女が合わさったような感じだった。彼女は俺の顎を掴んで、その唇を突然に奪った。



「ふぇ?」


 何がお印なんだか? その意味も分からないまま、俺が言われたのはやっぱり……。


「女たらし」


「う、ううっ。だから!」


 俺は、女たらしじゃねぇ!

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