第52話 変わる少女達 2
不器用な善意でも、器用な悪意よりはマシ。そんな事をつぶやいていた人がいたが、「それもまんざら嘘ではない」と思った。その形こそ不格好であれ、相手の前に伸ばされた手は、どんな宝石よりも美しい。いや、宝石にも勝る物だった。周りの目からは、ただの石に見せてもね? 分かる人には、分かる。だから俺も、その感覚に「従おう」と思った。今までは汚れていた石が、美しい善意とへ変わる感覚に。
俺は彼女の歓迎会も兼ねて、町の食堂に彼女達を連れていった。食堂の中はもちろん、冒険者達の姿で溢れている。自分の仲間と一緒に騒いでいる連中、明日のクエストに向けて綿密な計画を立てている連中。俺達が座ったテーブル席の近くでも、クエストの成功を祝って、互いのコップをぶつけあう冒険者達が座っていた。
俺は、店の給仕に注文を頼んだ。注文の内容は女の子が好きそうな物がメインだったが、「ガッツリ食べたい物」もあったので、俺の注文は男子専用、周りの少女達が「流石は、男の子だね」と驚かれる物ばかりだった。いやぁ、これくらいは食わないとね? 「男」って言うのは(※個人差があります)、叫ぶだけでも腹が減る生き物なのだ。
「今日は、俺のおごりだから。みんな、好きなだけ食べていいよ?」
「本当に!」
シオンさん、すげぇ嬉しそう。
「ま、まぁ、お前の施しなら」
クリナ様も、ご機嫌なご様子。
「いただきます」
ミュシアもご機嫌、かな? 食べる姿は、とてもおしとやかだったけどね。だが……。
「う、ううん」
肝心のゲスト様は、どこか戸惑っている様子だった。たぶん、こう言うのに慣れていないのだろう? 最初は自分の注文品を眺めているだけだったが、数秒後には注文品のサラダから視線を逸らして、俺の顔をまじまじと見てきた。
「ほ、本当にいいのか?」
その答えはもちろん、「当たり前」
君はもう、
「何も、遠慮はいらないよ?」
「う、うん」
ぎこちない返事だ。右手で自分の匙をいじる動きにも、何とも言えない不器用さが感じられる。正に
「どうしたらいいのか?」と言う感じだった。匙の使い方自体には問題はなかったが、周りの少女達を「それ」をじろじろと見るせいで、「食べよう」と思っても食べられない、仕舞いには「ご、ごめん」と言って、テーブルの上に匙を戻してしまった。「オレは、やっぱり」
マドカさんは両膝の上に両手を置きつつ、悲しげな顔で俺の顔を見だした。
「食えないよ」
それがきっかけで起ったのは、沈黙。それも、重苦しい沈黙だった。周りの誰もが喋ろうとしない、気まずさ全開の沈黙である。沈黙は周りの空気に逆らって、俺達の周りをしばらく覆いつづけた。それを破ったのはなんと、彼女の真向かいに座っていたミュシアだった。
ミュシアは自分のサラダを食べて、真向かいの彼女にそっと微笑んだ。
「おいしい」
無言。でもどこか、空気が和らいだ気がした。
「食べてみて?」
「あ、う、うん」
マドカさんは、自分のサラダを恐る恐る食べた。その右手に匙を持って。
「美味い」
涙、かな? ほんの一瞬だったが、彼女の頬に光がつたった。
「すごく」
マドカさんは両目の涙を拭わないまま、少女らしい顔で自分のサラダを食べつづけた。
「こんなの!」
食べた事は、ない。そんな事はないだろうが、それでも最高に美味かったのだろう。彼女は何の変哲もない、ごく普通のサラダをじっくりと味わいつづけた。
「幸せ」
ミュシアは、その言葉に微笑んだ。周りの少女達が黙っている中、ミュシアだけが彼女に笑いかけたのである。彼女はシオンが自分につづいて笑いだした後も、穏やかな顔で相手の顔を眺めていた。
「おいしい物がある」
「え? う、うん」
「温かい場所もある」
「うん」
「冷たい場所もある」
「……うん」
「それが人生」
「うん……」
「それが生きる事」
「あんたも、辛い事があったの?」
「辛い事のない人は、いない。みんな、いろいろな悩みを抱えている。悩みは、自分の生きている証」
「自分の生きている証、か」
マドカさんは、両目の涙を拭った。その拭い方は、少し荒かったけどね。
「痛いね?」
「痛い。でも、それが救い」
「すごいね?」
「なにが?」
「アンタが、だよ。そこの男もすごいけどさ。アンタも、同じくらいにすごい」
ミュシアは、その言葉に首を振った。確かにすごい。彼女がいたから、今の俺がいるのだから。それを否める事はできない。彼女は俺だけではなく、周りにとっても女神だった。
「あなたには、新しい道がある」
「新しい道?」
「そう、新しい道。あなたは、このパーティーで華やぐ」
「ふうん。そう。なら、頑張っちゃおうかな?」
マドカさんは「ニコッ」と笑って、自分の飲み物を飲みはじめた。
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