第54話 変わる少女達 4

 胃が痛い。それも、滅茶苦茶痛い。彼女達が仲よくしている時は普通だが、ふと何げない瞬間に殺気を感じた時、彼女達の闘争心(らしき物)を感じた時は、見えない圧力を感じてしまった。自分の周りには今、とんでもない世界が広がっている。今まで味わった事のない、不思議な桃色の世界が。そこに迷いこんだら最後、自分の力では決して出られない。自分が「そこから出よう」としなければね? その圧力がずっと追いかけてくる。

 

 俺は名前のつけられない圧迫感、正体不明の世界に戸惑ってしまった。


「え、ああ、うん」


「どうしたの?」


 声が重なったこの瞬間、すげぇ怖いです。みんな、笑顔なのもすげぇ怖い。彼女達は個々の性格こそよかったが、それが思わぬ形でぶつけると、揃って不気味な不調和音を奏でていた。だから、その音色に甘えなかった。音色そのモノにも、うなずかなかった。周りの冒険者達は「あの野郎、羨ましい」とか「ガキの分際でハーレムを作りやがって」とか言っているが、実際はそんなにいいモノではない。「大勢の異性に囲まれている」と言う事は、同時に「その子達からも嫌われてしまうかも知れない」と言う可能性もはらんでいるのだ。自分の軽率な行動が原因で、今の感情が悪感情に変わってしまうかも知れない。


「そう考えると」


 やっぱり怖い。「追放」の怖さを知っている以上、「彼女達を追いだそう」とは思わないが、それでも気まずい事には変わりなかった。一つの間違いが、大きな悲劇に繋がる。金持ち貴族のような生活はおくりたくないが、「大事な仲間を傷つけたくない」と言う点では、周りの連中からたとえ、「優柔不断野郎」と言われても、そのハーレムも「仕方ない」と思えた。彼女達が「優柔不断な男は、嫌い。さようなら」と言ってきたら、その時は「それ」を拒まない。喜んで、それを受けいれよう。だがもし、「ハーレムでも構わない」と言う状況になったら……。


「その時は、『それ』を受けいれよう」


 自分の仲間が幸せなら、自分への批難なんて安いモノである。事実、優柔不断な自分が悪いのだから。それを拒む事はできない。女心には疎い俺だが、そう言う事は「(できるだけ)きちんとしよう」と思った。


「うん」


 俺は椅子の上から立ちあがって、部屋の窓にゆっくりと歩みよった。窓の外には、穏やかな景色が広がっている。景色の中には様々な光景が広がっていたが、俺の後ろに広がっている景色と比べれば、その刺激もずっと抑えられていた。俺の後ろには、仲間達の寝姿が広がっている。ある少女は寝間着の間から素足を見せて、またある少女は(わざとなのか)その胸元を見せて。普段は堅そうな性格のクリナも、俺が椅子の上から立ちあがるまでは、その隣に椅子をわざわざ持ってきて、その上にじっと座り、俺の肩に頭を乗せていた。


「なんかこう、うん、いろいろと凄い」


 そうとしか、言いようのない。「女性」と言うのは、自分の嫌いな男には冷たいが、好きな男(と思われる)には温かくなるようだ。それも、男が戸惑ってしまう程に。その大胆さにドギマギしてしまう程に。彼女達の身につけている官能は、男のエロを遙かに超えている。


 男のエロは幼稚なガキだが、女の官能は甘美な大人なのだ。大人の前では、どんな悪ガキもヘロヘロになってしまう。自分では「女を落としている」と思っても、その実は……なんてね? だから正直、今の状況が怖かった。彼女達が次々と起きだして、多少の恥じらいこそ見せるが、俺の視線をとがめる事もせず、ただ優しげに「着がえるから、外で待っていてね?」と微笑む光景も怖かった。彼女達の大胆さは、どんな怪物よりも恐ろしい。


 俺は部屋の外に出て、宿屋の壁に寄りかかった。宿屋の壁は冷えていたが、俺の背中が熱くなっていたせいか、その感覚もすぐに消えてしまった。まるで壁の中に熱が吸いこまれるように、すべてがマヌケな熱に包まれてしまったのである。少女達が部屋の中から出てきた時も、ミュシアが俺に「だいじょうぶ?」と話しかけなければ、宿屋の壁にずっと寄りかかっているところだった。


「あ、うん。大丈夫」


「本当に?」


「本当に」


「そう」


 ミュシアは「クスッ」と笑って、俺の手を握った。その感触がまた、気持ちいい。まあ、本人は決して言わないけど。オマケにマドカさんが俺の腕を掴んできたからね。手の感触をじっと味わっているわけにもいかなかった。


「ふぇ?」


 マドカさんは、その言葉を無視した。それどころか、周りの少女に「ニヤリ」としている。「オレの男は、誰も渡さない」って感じにね。俺の腕にも、自分の腕を絡ませてきた。


「腹減った。ねぇ、飯食いに行こう?」


「う、うん」


 拒めない。もし拒めば、この状況がさらに悪くなる。俺は脱力気味に宿屋の廊下を歩きだしたが、俺が三歩程歩いたところで、シオンが俺の左手を握り、その左手を思いきり引っぱった。


 シオンはマドカさんの文句も何のその、今風の少女全開にニコニコしながら歩きつづけた。

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