第51話 変わる少女達 1

 時は、少しさかのぼる事。このパーティーにマドカを受けいれる場面。それは、予想以上に難しい場面だった。俺やシオンのような人間ならまだしも、普通の奴等にはどうしても受けいれがたい。


 その内心ではどこか、不安のような物を抱いているようだった。「そんな人間をもし、自分達の仲間に入れたなら?」と、そう無言の内に抱いていたのである。罪人との関わりがあったミュシアですら、その加入には複雑な様子だった。「少し難しい」って感じにね。


 クリスの方に至っては、常に臨戦態勢である。彼等は自分達の中に入れられた怪物、その不安要素に戦々恐々としていた。

 

 クリナは腰の剣に手を伸ばして、俺の目をじっと睨みつけた。それがあまりに怖かったから、思わず「うっ」と怯んでしまったけど。


「アンタの気持ちを否めるつもりは、ない。でも」


 そこで途切れる、彼女の言葉。たぶん、相当に怒っているのだろう。彼女の両手を見れば、分かる。彼女は自分の剣を握って、その怒りを必死に抑えていたのだ。


「これって、本当に正しいの?」


 無言の返事。


「自分のパーティーに犯罪者を入れるなんて。アンタは、本当に?」


 また、無言。なんてわけには、いかなかった。その返事は、何としても答えなければならない。俺はマドカの顔に目をやって、それからまたクリナの顔に視線を戻した。


「どんな形であれ、それは縁」


「縁?」


 そう答えたのは、目の前のクリナだけではない。その後ろに立っている、ミュシアも「それ」に答えていた。ミュシアはクリナの横を通って、俺の前にそっと立った。


「彼女を仲間にするのが?」


「彼女と出会った事が、だよ。その中身がどうであれ、彼女もまた救われなきゃならない。彼女にはまともな、少なくても『まともだ』と思える道が必要なんだ。彼女が彼女らしく生きるためにも」


 マドカさんは、その言葉に苦笑した。それにイライラしたのかどうかは分からないが、あまりいい感情は抱かなかったらしい。本人は「皮肉だ」とか何とかつぶやいていたが、それを責める気にはなれなかった。人間が自分の心を改めるのは、他人が思っている以上に難しい。


「勝手だね?」


「勝手?」


「そうだよ。オレは、『助けて』なんて頼んでいない」


「だから、イライラしている?」


 マドカは、その言葉にしばらく応えなかった。


「『イライラしない』と思う?」


「いや、まったく。むしろ、『もっとイライラする』と思う」


「なら!」


「マドカさん!」


 俺は、彼女の目を睨んだ。ここが、道のど真ん中でも構わない。ここで「それ」を言わなければ、この平行線がずっとつづいてしまう。平行線は、どこかで傾けなければ。


?」


 それに対する答えは、絶句。あるいは、ただ黙っただけも知れない。どっちにしても、彼女が「それ」に震えたのは確かだった。マドカさんは俺の顔をしばらく睨んだが、悔しげな顔でその目から視線を逸らした。


「何もせずにくたばるよりは、マシさ。オレは、善人なんて真っ平御免だからね? 善人は、いつも損、その周りから貧乏くじを引かされる。オレはずっと、自分の周りから貧乏くじを引かされていた。辛い事や苦しい事、そう言う諸々を押しつけられていた。オレの意見なんかまったく聞かないで。アタシがあんな事をつづけていたのも……」


「強いられていたから?」


「そうだよ。それも、自分の親にさ。オレの親は、どうしようもないクズでね? 快楽のためなら、その手段を選ばないような親だった。盗みや脅しは、当たり前。自分の金で買った物は、何一つもない。町の領主に納める金だって」


 そう言いおえた瞬間だ。マドカさんは、急に泣きだした。まるで自分の人生を哀れむように。俺が彼女に「大丈夫?」と話しかけても、それにうなずくどころか、反対に「うるさい!」と怒鳴られてしまった。


「『アンタに何が分かる』って言うの?」


「分からない」


 即答だ。こう言う場合は、これが一番に効く。相手の不幸にのまれてはいけない。


「でも、想像はできる。その想像から、自分を改める事も。マドカさん!」


「な、なに?」


「俺は以前、ある人に救われた。諦めていた自分の夢を、その人に救われたんだ。その人が、俺の才能を目覚めさせてくれたおかげで。俺は今、この場所に立っている。その人は、俺にとっての女神なんだ!」


 思った以上に叫んでしまった。周りの通行人達が、驚く程にね? 俺の後ろに立っていたミュシアは、その言葉に赤くなっていたけど。


「過ぎた時間は戻せないけど、これからの未来は進める。その先にも、光を作りだせる。人間は昼型の生き物なんだから、明るいところを歩いた方がいいじゃない?」


 それが決定打になったのかは、分からない。分からないが、それで彼女の心が動いたのは確かだった。彼女は両目の涙を拭うと、真剣な目で俺の目を見かえした。その目は、驚く程に澄んでいる。


「親はまだ、生きている」


「なら、いいじゃないか? 君はただ、その親から離れればいい。子どもの未来を壊すような親からは」


「うん」


 彼女は、「ニコッ」と笑った。どこか、ホッとしたような顔で。


「分かった」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る