第50話 追い剥ぎ少女、再び 7

 追い剥ぎ少女を背負って、あの町に戻ったのはいい。戻ったのはいいが、それからが問題だった。「彼女の事をどうするか?」はもちろん、「俺達のこれから」についても、いろいろと考えなければならなかったのである。


 彼女は、言葉通りの犯罪者だ。それを裏づける証拠は無くても、その事実は変えられない。彼女がこれまで犯してきた罪も、ギルドセンターの犯罪録にしっかりと書きのこされているのだ。「彼女の罪状は〇〇で、それにはどんな刑が科せられる」ってね。


 事細かく記されている。一介の冒険者である俺には「それ」を見る権利はないが、ウェルナの顔を見る限りでは、彼女もまた「それ」に頭を抱えているようだった。

 

 俺はウェルナの前に立って、その顔を見おろした。ウェルナの顔も、俺と同じように苦しんでいる。


「困ったね」


「なにが、ですか?」


 あれ? おかしいな。彼女も、「俺と同じ事を悩んでいた」と思っていたのに。


「あなたは犯罪者、を捕まえただけなんですよ? それなのにどうして?」


「あ、いや。それは、よく分かっているんだけど」


「なら?」


「……うん」

 

 俺は、両手の拳を握りしめた。自分の内から湧いてきた感情、その奇妙な感覚に思わず震えてしまったからだ。


「変な罪悪感がある」


「罪悪感?」


「うん。こう、何とも言えない。彼女は」


 そこから先は、俺の想像でしかない。「自分なりに彼女の人生を考えた」と言う想像を膨らませた。その意味で、ウェルナにも俺の考えを話さなかった。


「やっぱり斬首?」


「かも、知れません。窃盗だけならまだ分かりますが、それにもし殺人が加わっていたら。最悪は、極刑もありえるでしょう。絞首台の上に運ばれて」


「辛いね」


「はい。ですが、それも仕方ありません。彼女は、それだけの事を」


「分かっている。分かっているけど」


 俺はまた、両手の拳を握った。彼女への恨みが消えたわけではないが、それでも人が死ぬ、「斬首」と言う言葉にイライラしてしまったからだ。彼女は、確かに犯罪者である。それをどんなに否んでも、その現実だけは変えられない。彼女は町の治安所に運ばれ、その精神が落ちついたところで、兵士達に自分の罪を洗いざらい話さなければならないのだ。


「それを考えると」


 ウェルナは、その言葉に微笑んだ。それも、何処か悲しげな表情で。


「優しいですね?」


「え?」


「自分の財産を盗られたのに」


 今度は、俺が相手の言葉に微笑んだ。彼女と同じように何処か悲しげな顔で。


「物は盗られても死なないが、命は盗られたら戻らない。俺は……」


「ゼルデさん」


 ウェルナは、何かを少し考えたようだった。


「可能性は、低いですけど。『彼女の保釈金を払う』って、方法があります」


を?」


「はい、彼女の罪が固まってしまう前に。それなりのお金を払って、その罪自体をうやむやにしてしまうんです。『あまり人道的な行為』とは、言えませんが。ここの兵士は、お金に貪欲です。表面上では『治安維持』を行っていますが、その裏では違法な取引を繰りかえしている。あなたが以前に倒した酔っぱらい達、彼等はその例外だったようですが。本気で彼女の事を助けたいのなら、そうするしか方法はありません」

 

 俺は、その話に迷った。話の内容は、本当に非合法だ。お金の力を使い、他人の罪を揉み消そうなんて。普通に考えれば、決して許されない事だった。


「でも」


 それでも……。


「どうして、かな? 彼女の事、やっぱり助けたいんだ」


 それを「甘い」と言われたら、それまでだけどね。でも、それが俺の本音だった。救える命なら救いたい。それがたとえ、追い剥ぎを生業とした少女であっても。彼女には、どうしても生きてほしかった。


「ありがとう」


「え?」


「可能性を教えてくれて」


 俺は「ニコッ」と笑って、目の前の受付嬢に頭を下げた。「それが彼女に対する礼儀だ」と思ったからだ。肝心の相手は、それにポカンとしていただけだけど。俺は自分の仲間に事情を話し、その了解を何とか得て(みんなの説得にかなり疲れました、はい。でもシオンだけは、すぐに分かってくれたけどね)、町の豚箱へと向かった。


 豚箱の中は陰鬱だったが、彼女の部屋はマシな方だった。部屋の中は汚かったものの、必要な家具は一通り揃っていたし、そこを守っている兵士達も、俺が彼等に金を渡しただけで、それまでの態度をコロッと変えてしまった。


「よし、良いだろう。今回だけは、特別に許してやる」と、こんなに風に喜んだわけだ。ううん、何とも現金な奴等である。彼等は豚箱の中から彼女を出すと、彼女に下品な言葉を吐いて、その後ろ姿を楽しげに見送った。


 彼女は、俺の隣を歩いた。俺から頼んだわけでもなく、自分からそうしたのである。彼女は俺の顔をチラチラと見て、それから自分の足下に目を落とした。


「満足?」


「なにが?」


「オレを助けてさ。オレはもう、あんたに逆らえない」


 俺は、その言葉に溜め息をついた。それは、あまりに卑屈すぎる。


「どうして、そうなるのさ?」


「だって! だって、オレは……」


「分かっているよ。でもさ?」


「なに?」


「そろそろ、まともな世界に戻ってもいいだろう?」


「この世にまともな世界なんてない。オレの心だって」


「それでも」


「なに?」


「俺は、君が必要だ」


 追い剥ぎ少女こと、マドカ・レンは、その言葉に赤くなった。何処か悔しそう表情と一緒に。


「バカだよ、あんたは。。こんなオレを助けるなんてね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る