第49話 追い剥ぎ少女、再び 6
予想外の反撃だったのだろう。最初は身体の痛みに悶えていた少女だったが、シオンがまた自分の弓矢を構えると、今度は自分の死を怖がったようで、年相応に「や、止めて」と叫びはじめた。「オレはまだ、死にたくない」ってね。男口調で(その性格もたぶん、男勝りなのだろうが)話す彼女だったが、この時ばかりは女の子、それも何処か乙女チックな感じだった。
「彼女もやっぱり、普通の女の子なんだ」
身体能力がどんなに高くたって、その根は平凡な少女と変わらない。彼女は「追い剥ぎ」と言う生業に染まる事で、その事実から逃げているようだった。シオンの攻撃を受けていた時も、本気で泣いていたからね。前の恨みが消えたわけではないが、この時ばかりは流石に同情を抱いてしまった。
「もう、いいよ」
もういい。
「これ以上、やったら」
俺は不安な顔で、シオンの所に歩みよった。シオンは構えこそ解いたが、その目はまだ彼女を睨んでいる。
「動けなくなる」
「もう、充分に動けないよ」
冷たい声だった。あんなに明るかったシオンが言った言葉とは思えない。彼女の言葉には怒気が、それに僅かな殺気が潜んでいた。
「あとは、このまま腐るだけ」
あるいは、とつづけた。
「そこら辺のモンスターに食われるか。どっちにしても」
「い、いや」
ここでようやく喋った追い剥ぎ少女。彼女は手足の痛みに耐えて、その場から何とか起き上がろうとした。だが、そう上手くいく筈がない。弓術士の狙いは、正確だ。正確に狙うべき場所を狙い、そこを正確に射抜いている。それこそ、狙った獲物が決して逃げないように。彼女は、「人体の急所」と言う急所を知りつくしているようだった。
「う、ぐっ、やめて。死にたくない」
追い剥ぎ少女は、自分の身体を無理矢理に動かした。それで身体の痛みが増したとしても、その行為を一向に止めようとしない。彼女はただ、目の前の相手に「助けてくれ!」と叫んでいた。「お願いだから!」
俺は、その言葉に胸を痛めた。彼女の事は、確かに許せない。許せないが、それが彼女の死んでいい理由にもならない。世の中には死んでもいいようなクズ、害悪のようなクズがいるが、「死」と言う概念の前では、その意識も何処か虚ろになってしまった。どんな命であろうと、死んでいい人間などいない。俺は真面目な顔で、弓術士の肩に手を置いた。
「見のがしてやろう?」
その返事は、ない。だから、もう一度言った。
「見のがしてやろう?」
シオンは、その言葉にうなずいた。それになぜか、「ええ」と微笑んで。
「『それが彼女のためにもなる』と思ったから」
はい? それは、一体?
「『どう言う事だろう』って?」
「う、うん。ここまで彼女の事を追いこんだのに?」
それを?
「どうして?」
「それは、あなたと同じ気持ちだからだよ」
「俺と同じ気持ち?」
「そう。ゼルデは」
シオンは彼女の前に屈んで、その右腕をじっと見おろした。右腕からは、今も血が流れている。
「人の死が嫌いでしょう?」
悲しい質問だった。だから、その答えも「うん」としかうなずけなかった。俺は自分の両親がモンスター達に殺されて以来、「死」と言うモノがどうしても苦手だった。助けられる命なら、「できるだけ助けたい」と思う。どんなに憎たらしい相手でも、心の底では「殺したくない」と感じる。時々カチンとくる事もあるが、それは一瞬の事であり、その怒りが覚めれば、言いようのない罪悪感が襲ってきた。死の悲しみは、誰よりも分かっている筈なのに。
「だから」
シオンは、俺の目をじっと見つめた。その目が澄んでいたのは、俺だけの秘密だけである。
「ゼルデ」
「なに?」
「彼女の傷は、治せる?」
「それは、もちろん。ただ」
そう言いかけて止めた。彼女もたぶん、俺と同じ気持ちを抱いている。だからこそ、そこから先を言うのは、「野暮だ」と思った。
「何でもない」
俺は、追い剥ぎ少女に回復の呪文を唱えた。「サウス・ホア(傷を癒え)」と。俺は杖の先を光らせ、医療行為の要領で、彼女の傷を一つ一つ消していった。
「よし、これで」
そう言いおえた瞬間だ。今までは自分の意識を保っていた少女が、その両目から涙を流して、意識のそれをすっかり手放してしまった。
「気絶?」
「いや、眠っているだけ。ほら?」
シオンは、彼女の顔を覗きこんだ。彼女の顔は、穏やかに微笑んでいる。
「寝息も聞こえるでしょう?」
「え? う、うん、本当だ。本当に眠っているだけ」
俺は彼女の顔をしばらく眺めていたが、数秒後にはその身体を担いでいた。「身体の怪我を治した」とは言え、こんなところに寝かせておくのは危ない。シオン以外のみんなは不服だろうが、ここは町まで彼女の事を担いでいくしかなかった。
俺は、彼女の身体を背負いなおした。引きしまった体型の奥にやわさかを感じる身体。少女特有の未発達なアレ。それらに男の本能がつい動いてしまったが、例の一言が襲ってきた瞬間、その本能をすっかり忘れてしまった。
「女たらし」
俺は、その言葉に唸った。
「だから!」
俺は、女たらしじゃねぇ!
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