第48話 追い剥ぎ少女、再び 5
運命の再会、なんて言葉は論外だ。彼女とは、決して会いたくなかったのに。不思議な縁が関わって、彼女とまた会ってしまった。それも最悪な形で、自分の味方が人質に取られている形で。仲間の首元に当てられた短剣は、前よりも鋭いように感じられた。これは、不運以外の何ものでもない。
俺は右手の杖に力を込めたが、追い剥ぎ少女に「それ」と止められてしまった。「それは、止めた方がいいぜ」ってね。その口調こそは楽しげだったが、短剣の表面が光る光景や、彼女の眼光が鋭くなった光景からは、その殺意がヒシヒシと感じられた。彼女は決して、自分の仕事に手を抜かない。それがたとえ、「自分が前に会った相手だ」としても。その情けはおろか、見逃しすらもしなかった。
「くっ!」
嫌な状況だ。弓術士の仲間が人質に取られてしまった以上、遠くからの攻撃が仕掛けられない。「透明化」のスキルでも、彼女相手では戦闘技量の関係で返り討ちにあってしまう。すべてが、最悪な方向に進んでいた。俺がたとえ、あの追い剥ぎ少女に魔法を放ったとしても。その威力が高すぎて、彼女ごと自分の仲間が消しとぶ可能性もあった。
「くっ」
俺は悔しげな顔で、自分の右手から力を抜いた。「そうでなければ、自分の仲間を助けられない」と思ったから。本当は、何が何でも仲間の事を助けたかったけど。
「今は」
「ふん、分かっているね」
追い剥ぎ少女は、「ニヤリ」と笑った。自分の優位を
「まさか、「また会う」とは思わなかったけど。まあ、いいや。そんな事」
確かにいいかもしれない。彼女にとっては、俺達は獲物以外の何者でもないのだ。
「とにかく出せ。今の有り金、ぜんぶ」
前と同じ要求。だが、流石に二回目はキツかった。シオン以外の仲間達も、俺と同じような表情を浮かべている。みんな、この現実を悔しがっていた。
「ほら?」
「嫌だよ」
そう言ったのは、少女に捕らわれているシオンだった。シオンは自分が捕まっているのにも関わらず、俺達よりもずっと冷静な顔で、追い剥ぎ少女の短剣を見つめていた。
「せっかく稼いだお金を盗られるなんて。そんなのは」
「うるさい!」
凄い怒声だ。マティのそれとは、また違った鋭さがある。相手の戦意を削るような鋭さが。
「
それに対する返事は、まさかの無視。相手の怒声にも、まったく怯んでいなかった。
「チッ」
「ゼルデ」
まさかのご指名に驚く、俺。俺は不安な顔で、彼女の顔を見かえした。
「な、なに?」
「この子とは、知り合い?」
「ああうん、『知り合い』と言うか。前に」
そこから先は、言わなくても察してくれたらしい。シオンは短剣の表面をじっと眺めていたが、その意識はもう追い剥ぎ少女に移っていた。
「ねぇ?」
「なんだ?」
「この仕事は、長いの?」
「それなりに長いかな? で?」
「虚しくない?」
「虚しい?」
「他人のお金を盗ってさ?」
「別に虚しくないよ? 『生きる』って事は、そう言う事だから。空っぽな綺麗事に頼るのではなく、濃厚な汚れ仕事に頼る事。世の中の大人はみんな、そう言う風に生きているじゃないか?」
確かにそうかも知れない、「社会に生きる」と言う事は。聖書に書かれた文章を守る事ではなく、人間社会に書かれた汚水を守る事。その汚水を上手く渡っていく事。「大金を得る事」が目的であるならば、その方法がたとえ……「それでも」
シオンは、その言葉を遮った。彼女も相手の言わんとする事は分かっていたようだが、それでも「うん」とうなずくつもりはなかったらしい。彼女は追い剥ぎ少女の隙をついて、相手の短剣を弾くどころか、その身体すらも封じ、自分の弓をまた構えて、相手の鼻先に矢先を向けた。
「形勢逆転」
それ以外には、言えない。正に神業級の早業だった。彼女はどうやら、ある程度の接近戦ならこなせるらしかった。
「甘く見たね?」
相手は、何も言いかえせなかった。彼女のそれが、あまりに突然だったからである。追い剥ぎ少女は半信半疑な顔で、彼女の顔をじっと眺めつづけた。
「どう、して?」
「そんなの、私が冒険者だからだよ? 冒険者の敵は何も、モンスターだけじゃないからね。野党の類にも、勝たなきゃならない。あなたみたいな相手も、初めてじゃないから」
「くっ、うっ、そう。なら」
追い剥ぎ少女が笑った。それも、何か良からぬ事を企んでいるかのように。……まさか!
俺はあわてて、自分の仲間に叫んだ。
「逃げろ! 彼女はたぶん」
追い剥ぎ少女は、その言葉を遮った。「もう遅い」と言わんばかりに。
「墜ちろ」
「くっ!」
幻術が来る。アレにやられたら、流石のシオンも。俺は急いで、幻術破りの魔法を放とうとしたが……。
「え?」
その意識をすっかり失ってしまった。俺が「それ」を放とうとした瞬間、シオンが相手の右腕に向かって、例の矢を放ったからである。シオンは敵が腕の痛みに悶えると、今度は自分の右手に矢を持って、相手の手足に「それ」を次々と刺し、その動きをすっかり封じてしまった。
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