第35話 まっとうな道 4

 その時にふと、違和感を覚えた。今までの流れからは何にも感じなかったが、「これはちょっと不自然ではないか?」と、そう内心で思ってしまったのだ。それも、彼女の笑顔を見た瞬間にね。冒険者の本能が、突然に働いたんだよ。「盗人がこうも堂々と、自分よりも大人数の相手を襲うのだろうか?」ってさ。純粋な疑問がふと、湧いてきたのだ。

 

 俺は「それ」に脅えるあまり、少女の顔から視線を逸らしてしまった。それが原因だったのか? 自分の目の前が突然に暗くなって、その周りからも音がまったく聞こえなくなってしまった。正に無明の世界。自分の姿だけが薄らと見える、真っ暗な世界が広がっていた。

 

 俺は、その世界に瞬いた。この世界は一体、何なのだろう? 今までいた場所とはまったく違うし、少女の姿はおろか、仲間達の姿すらも見られなかった。俺がどんなに叫んでも、返ってくるのは自分の声だけ。それに対する返事は、まったく聞こえてこなかった。

 

 俺は、その現実に呆然とした。


「これは」


 そう、どう考えてもアレしかない。あの少女が使った力、つまりはスキルだ。人間の感覚を惑わす、恐ろしい幻術。それにすっかり引っかかってしまった俺だが、そこでまた新しい疑問を抱いてしまった。「ミュシアは、このスキルを見ぬけなかったのか?」と。彼女のスキルは、物事の本質を見ぬく能力。それが内に秘めていた力を見ぬいて、それ自体を目覚めさせる力だ。


「そんな力を持っている彼女が、この幻術を見やぶれない筈がない」


 俺は自分でも信じられない事実に首を傾げたが、同時にまた恐ろしい仮説も立てていた。それはつまり、「彼女の幻術は、速い」と言う事。相手が「これは、幻術だ!」と気づくよりも先に「幻術をかけられる」と言う事である。幻術の発動が速ければ、それだけ幻術への対処も遅れる。彼女が俺達の前で(それが本当であれどうであれ)悲しい境遇を漏らしたのは、それ自体が時間稼ぎ、あるいは「それ自体」が幻術かも知れなかった。


 今まで見せられていた物は、すべて幻。


 ありもしない、彼女が作りだした幻影。


 それが真実であるならば、この状態でいるのは非常にマズかった。


「現実の俺が、もしかすると」


 やられているかも知れない。そう思った瞬間に現れたのは、自分の魔法だった。呪文の所にルビが振られた魔法。ここから唯一抜けだせるかも知れない、たった一つの可能性。俺はあらゆる雑念を捨てて、その呪文を迷わず唱えた。


「カタド・ダン・ベルン(幻よ、去れ)」


 声が響いた、まるで洞窟の中から叫んでいるように。周りの暗闇を次々と砕いて、本来あるべき光景に戻していった。本来あるべき姿は、ある意味で予想通りだった。二人の少女に両肩を支えられている光景。少女達は「透明化」のスキルを活かしつつ、敵の幻術にかかってしまった俺を案じて、その敵からできるだけ離れようとしていた。


「う、ううう」


「あっ、気づいた!」


 これは、クリナ。


「だいじょうぶ?」


 これは、ミュシア。


「どこか痛い所はない?」


 ミュシアは不安げな顔で、俺の目を見つめた。その目が綺麗だったのは、俺だけの秘密にしよう。


「あ、う、うん、何とかね。頭の方はまだ、クラクラしているけど」


「そう……。ごめんなさい」


「どうして、謝るの?」


「私がもっと早く、あなたに」


 俺は、その言葉に首を振った。彼女は今回の事で、まったく悪くない。


「そんな事は、ないよ。彼女はたぶん、俺達の想像を超えて速かったんだ。たった一つの動きで、相手の間合いに入りこむ。彼女は『孤児』の部分こそ本当だろうけど、その実は」


 また、目眩を感じた。これは、相当に強い幻術らしい。


「かなりのやり手だ。獲物の特徴に合わせて、その幻術をかける。善人には善人が、悪人には悪人がなびくような演技を見せて。今回の場合も、そうだったんでしょう?」


「うん、あなたの喉元に短剣を突きつけてからずっと。彼女はあなたに幻術をかけて、私達の動きも封じようとした」


 それにつづいたクリナも、悔しげな顔で話しだした。


「本当に驚いたわよ。アンタは倒れるし、あの子もあの子で速いし。アタシの剣なんか、かすりもしなかった。アタシ達はその子の力を使って、あの子から何とか逃げよとしたの」


「な、なるほどね。そして、現在に至る」


「そう言う事。今は、この子の力が働いているから」


 また、ミュシアも話しだした。


「見つからずに済んでいる。でもそれも、時間の問題。じきに」


 それを遮る絶望の声。声の主はもちろん、あの少女だ。少女は透明化のスキルが切れる瞬間、俺達の前に降りたって、嬉しそうに「ニヤリ」と笑いはじめた。


「みいつけた」

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