第12話 悲しい過去、新しい仲間 5

「それじゃ」


 別れの言葉。それはいつも必然で、避けられない現実だった。どんなに拒んでも、それは必ず訪れる。俺の場合もまた、その必然に従っただけだ。彼女の事はもちろん感謝しているし、その厚意にもまた感謝している。彼女がいなければ、この新しい道は開けなかったのだからね。別れの挨拶も、できるだけ悲しくないようにしたかった。でも……。


 俺は、両手の拳を握った。俺が彼女に背を向けようとした瞬間、彼女の顔がとても淋しげだったからだ。俺に対して好意を抱いているわけではない。今までの流れを振りかえって、それに胸を締めつけているわけでもない。彼女が浮かべているそれは、人間が人間を求める本能、他人との繋がりを求める本能だった。


 俺は、その本能に眉を潜めた。このまま、彼女と別れていいのか?


「いや」


 絶対にダメだ。彼女にたとえ、拒まれたとしても。この感情だけは、絶対に伝えなければならない。


「あ、あのさ!」


「なに?」


「もし、よかったら? ?」


「どこへ?」


「すべてが平和になった世界に」

 

 言った、言ってしまった。よくよく考えてみれば、彼女はどう見ても戦い向きではないのに。不思議と沸きあがった感情に従って、彼女にその思いを吐きだしてしまった。


「う、ううう」


 沈黙が怖い。


「あ、あの」


 無反応が怖い。


「ご、ごめん。今の言葉は!」


「いいよ」


「え?」


「わたしも、一人は淋しかったから」


 俺は、その言葉に目を見開いた。嬉しい言葉だった。特に自分の仲間から裏切られた俺にとっては、本当に救いの言葉だった。


 突然に開いた傷口が、穏やかに塞がれる感覚。それがゆっくりと癒される快感。その二つが胸いっぱいに広がっていった。彼女は、本物の女神かもしれない。


「そ、そっか!」


「うん。でも」


「で、でも?」


「すぐには、無理。用意があるから」


「『用意』って」


 そうだな、確かに言う通りだ。街の中を歩くわけではないのだし、冒険には相応の準備がいる。彼女が俺に「自分の家(と言うか、寝床)に一度戻る」と言ったのも、ごく自然な反応だった。


「分かった。それじゃ、俺は」


「一緒に来て」


「え? だ、大丈夫なの? 男に自分の家を見られるのは、流石に」


「どうして?」


 彼女は、本当に「分からない」と言った感じだった。お、恐るべき天然少女。


「あなたには、別に見られてもいい」


「そ、そうなんだ」


 それはたぶん、喜んでいいのだろう。「俺の事を信じている」と言う意味ではね。あるいは、男として見られていないのか? まあ、どちらにしたって悪い気はしない。


「そ、それじゃ遠慮なく」


「ええ」


 彼女は「ニコッ」と笑って、自分の家に俺を連れていった。彼女の家は、淋しいところだった。一応の家具らしき物は揃っているが、それ以外の装飾品はまったく見られない。見たとおりの殺風景。彼女が「窓」と呼んでいる穴から外の景色が見られなければ、光さえも入ってこないような場所だった。


「夜には灯りを点けるから、だいじょうぶ」


 そうは言うが、その蝋燭もかなり短くなっていた。これでは、灯りがいつ潰えてもおかしくない。彼女自身も、俺に「あと一週間も経てば、すべての蝋燭が無くなっちゃう」と言っていた。


「だから、本当によかった」


「そっか」


 それ以外は、何も言えなかった。他になんて言えば、いいのだろう? 彼女が俺との冒険に必要な道具を揃える姿は、「それを楽しんでいる」と言うよりも、「切ない好奇心に胸を躍らせている」と言う感じだった。だからこそ……。


「ねぇ?」


 これだけは……。


「君の名前だけど」


 飛びっきりに「善い物にしてやろう」と思った。


でいいかな?」


「ミュシア?」


「そう、『』って意味の。君は俺にとって、慈愛そのものだから」


 ちょ、ちょっと臭かったかな? でも、その通りなのだから仕方ない。彼女がいなければ、俺は自分の夢を諦めていた。


「気持ち悪い?」


「うんう、とても嬉しい」


 ミュシアは「ニコッ」と笑って、残りの道具類を揃えた

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