第13話 新規登録、謎の少年 1

 旅立ちの朝なんて時間ではなかったが、それでも清々しい気分ではあった。これからまた、新しい旅がはじまる。旅自体は初めてではなくても、その仲間が新しい人ならば、そこに漂う空気もまた新しい空気に包まれていた。

 

 これからの旅は、今までの旅ではない。新しい自分の、新しい職業を得た、新しい旅なのだ。彼女の隣を歩く中、視界の中に入ってくる景色も、それがゆっくりと流れていく度に燃えあがるような感情、ほとばしるような激情を覚えてしまった。


「へへっ」


 思わずニッコリ。それには、隣の彼女も驚いていた。


「ご、ごめん、驚かせて」


「うんう、だいじょうぶ」


 また、あの笑顔だ。


「わたしも、同じ」


 ミュシアは背中の鞄を背負いなおして、自分の正面にまた向きなおった。その横顔がとても可愛かったのは、俺だけの秘密にしておこう。


「冒険は、とてもワクワクする」


「うん、まあね。でも、油断は禁物だ。魔王の手下はそこら中にいるし、いつ襲ってくるかも分からない。本当は、とても危険な世界だからね」



 そう彼女に言う振りをして、本当は自分に言っている。彼女は一応、周りの怪物から狙われなくなる(強力な敵や特殊な相手には、その効果が弱まる)スキル、つまりは「透明化」を持っているが、それは攻撃よりも防御、攻めよりも守りに向いているスキルなため、戦いは(ほぼ)俺が一人でこなさなければならない。


 剣士から魔術師になった俺がね。魔術師の魔法は、そのほとんどが見様見真似。意識の中に現れる文字を唱えつつ、その魔法を放つだけで精いっぱいだった。それ以外の方法は、文字通りの皆無。本来なら専用の魔道書が必要だが、長らく剣士だった俺がそんな物を持っているわけもなく、今持っている所持品も剣士用の補助道具がほとんどなので、それらを魔術師用の道具に変える必要があった。


 剣士の道具は、魔術師のそれとはまったく違う。剣士は物理攻撃が主体だが、魔術師は魔法攻撃が主体なのだ。物理攻撃と魔法攻撃とでは、それに必要な道具も変わってくる。今の自分は言わば、農夫の鍬を持って、司教の衣服を着ているようなモノだった。


「それでは、いろいろと困る」


 だから、町に行かなければならない。それらの道具類を揃える事はもちろん、彼女の冒険者登録を済ませたり、ギルドセンターに例の書類を出したりするためにもさ。気持ちとしては憂鬱(特に書類の事)だったが、「それも仕方ない事だ」と思いなおした。


 俺達は明るい間にできるだけ進み、適当な寝床を見つけて、頭上の空が暗くなると、俺が枝や落ち葉の上に火を点け、彼女が「それ」で今夜の夕食を温めはじめた。今夜の夕食は、とても美味かった。それに使われた食材はごくありふれた物だったが、彼女の腕がいいせいか、普通のスープが何万倍も美味く感じられた。


 俺は夢中で、そのスープを味わった。それがあまりにガキくさかったらしく、最初は黙って「それ」を眺めていた彼女も、仕舞いには「フフフッ」と笑いだしてしまった。


「う、うううっ」


 は、恥ずかしい。それこそ、顔から火が出るくらいにね。そんな笑顔で笑われたら、流石にドギマギしてしまう。


「ご、ごめん」


「なにが?」


 本当に分かっていない様子。彼女が不思議ちゃんで、本当によかった。



「わたしは、うれしい」


「そ、そう?」


「うん、そんな風に喜んでもらった事がなかったから」


「そっか」


 それ以上の事は、言わなかった。今の言葉は、彼女の本音。それが表す、辛い記憶だ。辛い記憶を根掘り葉掘り聞くのは、彼女の心をえぐってしまう。それは、俺としても嫌だった。


 それに……「なんだ?」


 今の物音は、明らかに足音。しかも、ではなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る