第5話 絶望からの出会い 3

 な、何を言っているのだろう、この子は? 今の俺にスキルなんてない。超剣士のスキルが死んで、今は言葉通りの無能状態だ。

 

 弱い敵ならともかく、強い敵には抗えない無能。剣の心得がある(と思う)、素人剣士。そんな俺にまだ、スキルがあるなんて。にわかには信じられなかった。


「それは、絶対にありえないよ」


「どうして?」


「どうして、って! それは……」


 思わず言いよどんでしまう。彼女に「それ」を言えばまた、自分が惨めになるだけだ。自分の現実をもう一度確かめるように。


「とにかく! それは、絶対にありえないから! それよりも、ここから早く」


 そう言いきるよりも早かったか? 森の奥から物凄い音が聞こえてきた。


「チッ!」


 俺は彼女の手を引いて、その場からすぐに走りだした。どうやら、くだんの怪物に気づかれたらしい。俺達の会話か、あるいは、その気配なんかを感じてね。俺達の方に回れ右しては、そこからすぐに走りだしたのだ。


「マズイ!」


 俺は、自分の前に少女を走らせた。「そうすれば、彼女への被害も抑えられる」と思ったからだ。轟音の聞こえた方向は、今の場所からずっと西側。つまりは、俺達のずっと後ろからだ。敵が後ろから攻めてくるのであれば、自分の後ろを走らせるよりも、その前を走らせた方が安全である。


 最悪の場合は、自分が彼女の盾になればいい。それがたとえ、とても危険な行為であっても。自分の同胞(かどうかは不明だが)に死なれるのは、俺としてもやっぱり嫌だった。どんなに非力でも、一人くらいは守りたい。


 俺は自分の後ろを何度も振りかえって、敵の速さを何度も確かめつづけた。だが、それも徒労に終わったらしい。超剣士の頃はまったく気づかなかったが、怪物達の足は予想以上に速かった。


「くっ!」


 マズイ! そんな事を考えている内にとうとう追いつかれてしまった。猪のようなモンスターに。モンスターの体長はたぶん、10メートル以上あるだろう。周りの木々を押したおしながら進んできた姿は、「怪物」と言うよりも「火砕流」のそれに近かった。


「仕方ない。こうなったら、もう」


 覚悟を決めるだけだ。この命に代えても、彼女の事を絶対に逃がす。


「名前は?」


「え?」


「君の名前、まだ聞いていなかったから」


「名前は、ない」


「え?」


「私に名前はない」


「そっか……。まあいい。とにかく、俺が時間を稼ぐから! 君は」


「だいじょうぶ」


「それは、もういいから!」


 それを無視する彼女。だから、「危ないって!」


 俺は自分の後ろに彼女を戻したが、彼女も俺の前にまた戻ってしまった。


「止せ!」


 俺の身代わりになんかならなくていい。自分の同胞が死ぬのはもう、たくさんだ。


「止めろ!」


 またもや、それを無視する彼女。彼女は俺の前に立ったまま、黙って目の前の怪物と相対した。


 俺は、その光景に思考が止まった。今まで暴れていた怪物が、突然に大人しくなったからである。あれだけ荒かった息遣いも、今は妙に大人しくなっていた。


「こ、これは?」


「だいじょうぶ。姿


「お、俺達の姿が見えない?」

 

 それは一体、どう言う事なのだろう? まさか、これが彼女のスキルなのだろうか? 自分はもちろん、仲間の姿も消してしまうスキル。


「そんなスキルが?」


「あるのかな?」


「無かったら、こんな事にはならない。君には、こう言う力が」


「あなたにも、あなたの力がある。あなた自身がまだ、気づいていない力が」


「俺自身が気づいていない力が? 『それ』って?」


「これ」


 彼女は俺の方を振りかえり、それから「クスッ」と笑って、俺の胸に指先をつけた。


「これが、あなたの力。あなたが持っている、


 それは?

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