~覚醒編~

無言宣言からの逃走






 夏休み終了、本日は始業式。


 この約一か月あった夏休みは、間違いなく忘れられないものとなっただろう。


 終業式中、三人で愚痴っていた時が遠い昔のようだ。生徒会の手伝いをする事を愚痴って、彼女が出来たら報告だって騒いで、陽乃姉さんに怒られて。


 生徒会の手伝いで学校に行って、四人に告白されて……五人と付き合う事になった。


 五人……五人ってどうなん? いる、周りに? ゲームの中にはアホみたいにいるけどさ。


 現実では早々いないよ。少なくとも、当たり前の事じゃない。


 だから俺は、俺達の関係性を秘密にしないかと提案したのだが……四人はいい顔をしなかった。月ちゃんはどうでも良さそうだったが。


「隠す必要あるのかな? 悪い事してないのに」

「というか、バレると思うよ? 雰囲気的に」

「そうですね。雰囲気がもう、あれな雰囲気なんで」

「公言した方が、男が寄って来なくて楽だし」


 彼女達が不満と言うのであれば、それ以上なにも言えなかった。


 覚悟は決めたのだけど、公言した時の周りの反応はやはり怖い。


 恥ずかしいとか、そういう事ではなく。人気女子をひとり占めしてしまった事による、男達の怨嗟……何をされるか分かったもんじゃない。


 だから極力、俺からは行動しまいと思っていたのだが――――



「――――ほんで九郎! 誰なんだよ!?」

「隠す事ないだろ? いずれ分かる事なんだし」


 始業式後、色々と理由を付けて答えをはぐらかしていたが限界だった。


 現在昼休み。微妙に長いこの休み時間、央平と公太の追及を回避するのは不可能だった。


 いざ覚悟を決め、こっそりと二人に伝えようとした時だった。



「クーちゃ~ん。お待たせしました」


 ニコニコと笑顔を作ったアキがやって来た。これから昼食を一緒にしようと約束していたのだ。


 何がとは言わないが相変わらずデカい。彼氏が出来たからもっと大きくなると言われた時は、どうしてやろうかと思った。


「……そっか、秋穂を選んだんだ」

「連山さんか~……ってお前!! 大きさで選んだんじゃないだろうな!?」


 まぁそう思ってくれて構わない。アキも選んだのは事実、間違ってないし嘘でもない。


 さぁアキの手を引いて、教室から逃げ出そうとした時だった。



「九郎~、お待たせっ!」


 背後から俺の背中に抱き着いてきたのは夏菜だろう。胸の膨らみ的にも間違いない。


 夏菜はあれほどくっ付くのを恥ずかしがっていたのだが、夏休み中に慣れたとでもいうのか、今では四人の中で一番くっ付いて来るかもしれない。


「「……ん? え?」」


 二人の目がアキと夏菜、そして俺に向けられる。


 手をアキと繋いでいる状況で夏菜に抱き着かれたのだ。二人が混乱するのも無理はなかった。


「……九郎? 夏菜と……付き合う事にしたの? あ、秋穂は……?」

「お、お前……愛川さんと付き合ってるなら、連山さんの手を握っちゃダメだろ……」


 まぁ二人の言いたい事は分かる。手を繋いでいるアキの表情も、男に抱き着くなんて事を夏菜がしている所も見た事がない。


 二人のこの仕草や行動には慣れてきたが、周りから見れば異様であろう。


 まったく初日から飛ばしてくれる。二人の他にクラスメイトの目も集まり始めたため、早々に教室から出た方が良さそうだと……思った時だった。



「――――クロー。はい、お弁当」


 いつの間に来たのか、お弁当箱を差し出しているトーリが近くにいた。今日はみんなで昼食をとる事にしていたのだが、集合場所は屋上だったはずだ。


 アキと夏菜は同じクラスだから仕方ないとしても、トーリのこれは完全にワザとであろう。トーリの珍しくも悪戯っ子のような笑顔がそれを物語っていた。


 俺を困らせて楽しむつもりなのか、隠す気など更々ないという無言の宣言なのか。


「……お弁当? 秋穂と手を繋いで、夏菜に抱き着かれて……向空さんに、お弁当を作ってもらったって?」

「お、お前……彼女がいるのに向空さんのお弁当って……はっ!? というかこの流れ、記憶にあるぞ!? まさか!?」


 何を一人で騒いでいるのか、央平は目を見開いたまま後ろを振り向き、扉を凝視し始めた。


 何か来ると言うのだろうか? そんな事はないと願いたい、これ以上騒ぎを大きくしてほしくない。


 別クラスのトーリが現れた影響か、もうほぼ全てのクラスメイトの目が集まっている。お前らは目立つんだよ、騒がないでくれ。


 四季姫は元より、公太も目立つ。央平の声は馬鹿みたいにデカいし、注目してくださいと言っているようなもんだぞ。



「……おかしいな、この流れならあの子も来るはずなんだけど……」

「言われてみれば……そうだね。つまり逆に本命って事かな?」


「なにそれ? 本命ゆえの余裕って事? この三人は奪おうとしているのか?」

「ああ、下克上だね! 面白くなってきやがった! 見てよ央平! あの略奪者達の目をッ!!」


「こ、公太? お前も……大丈夫か? ちょっと落ち着けよ……」


 あの公太がご乱心だ。やはり隠しておくべきだったのだ! 変わらず友達とか言っていたくせに、何かが変わりそうじゃないか。


 これ以上は危険、もっとゆっくり慣らしていくべきだ。初日から全てを曝け出す必要はな――――



「――――やっぱりここにいた! もうっ! 抜け駆けはずるいよ!」


「「……ほら来た」」


 プンプンしている春香、分かっていましたという表情をする公太と央平。


 春香は頬を膨らませたまま俺に近づくと、徐に左腕を自身の胸に抱き寄せた。


「……つまりこれは、どういう事だ?」

「つまり、本命じゃないって事だろ」


「……つまりそれは、どういう事だ?」

「知るかよ、少しくらい自分で考えろ」


「こ、公太? 落ち着けよ……お前らしくないぞ」


 ついに揃ってしまった。夏菜が来た辺りから予想はしていたけど……前に、スマホの番号を交換しようと集まった時の事を思い出す。


 あの時と今、関係性は大きく変わった。彼女達が微妙に言い合いをしている所は変わっていないが、こんなにも密着なんてしていなかった。



「屋上に集合って言ったよね!? どうしてここにいるの!?」

「ウチ、九郎と同じクラスだもん。一緒に行くに決まってるし」


「私も同じクラスですので。仕方ないですね、同じクラスですので」

「同じ同じうっざぁ~! 来年はあたしだって同じクラスになるもん!」


「というか春香、馬鹿正直に屋上で待っていたの? この二人が守る訳ないじゃない」

「冬凛さんも守ってないじゃん! なんで守ったあたしが損するの~!?」


 もうバレバレだ。もうどうしようもない、もう誤魔化しようがない。


 どいつもこいつもベッタベタと……めっちゃ嬉しいけどさ。ここが教室で、周りに沢山の生徒がいるという事を忘れるな。


 まあバレたのなら仕方がない、開き直ろう。それに四人と付き合うと決めた時、覚悟したはずだ。


 今までの俺じゃダメだ。彼女達を喜ばせるためには何でもしないと、彼女達がそれを望んでいると言うのであれば、俺は。


 意識して彼女達を喜ばす。自覚から覚醒だ。



「ねぇ九朗くん。あたしは約束を守ったんだよ? ご褒美、くれるよね?」

「ちょっと春香。教室でそんな雰囲気を出すんじゃないわよ」

「も~お昼休み終わっちゃうよ! 早くいこ~よぉ、おりゃおりゃ~」

「夏菜ちゃんも、いい加減に背中から離れたら? 何を押し付けているのか知りませんけど」


「……なぁ公太。これってさ、そういう事か?」

「そういう事でしょうね。四季折々、絶景かな」


 ……しかしいざ宣言するとなると怖いな。言った後の反応は予想がつくし。


 悪い事はしていない……はず。男子生徒には恨まれるだろうが、そんな事で彼女達から離れるつもりなどない。


 彼女達は俺のものだと宣言しておこう。余計なちょっかいを出される前にッ!!



「……おい九郎。そろそろ何とか言えよ!? なんでさっきから黙ってんだ!!」

「よしなよ央平。仲がよくて良いじゃないか! そんなに怒らなくても――――」



「――――九郎せんぱ~い! 可愛い後輩彼女がやって来ましたよ~」



「くぅぅぅぅろォォォォ!!! なに人の妹までハーレムに加えてんだぁぁぁぁ!!!」


 公太めっちゃ怒った、めっちゃ怖い。陽乃姉さんだったら喜んで差し出す癖に。


 しかし覚悟とやらはどこにいったのか。俺は五人を置いて、我先にと逃げ出してしまうのだった。

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