第24話 ハーレムルート






 彼女達の想いを聞いても、赤面している暇などなかった。


 いま再び差し出された四つの手。少し顔を上げると、まるで断られる事など想像してないような、付き合った後の事でも考えていそうな四人がいた。


 春香の優しい笑顔も、夏菜の明るい笑顔も、トーリの凛とした笑顔もいつも通り。アキだけは顔を真っ赤にしているものの、雰囲気はいつも通りだった。


 もちろん断りたくはない。でも誰かを選ぶという事は、誰かに断りを入れるという事じゃないか。


 誰かを選ぶという事は、誰かは選ばないという事。選ばれなかったあの子はどうなるかなんて、ほんっと想像したくない。



 【はすみはるか】

 【あいかわなつな】

 【れんざんあきほ】

 【むかいぞらとうり】



 こんなの表示されても選べない。とりあえず選んでみるとか、そんな事だってできやしない。


 でもとりあえず、反応しないと。選ぶ選ばないの前に、ちゃんと想いを伝えてくれた彼女達に俺の気持ちも伝えないと。



「……さっきも言ったけど、本当にありがとう。ほんとビックリした、みんながそんな風に想ってくれているなんて、思わなかった」


「「「「…………」」」」


「返事の前に、俺の気持ちを伝えると……俺も、みんなの事が好きです。もちろん友達としてではなく、一人の女の子として好きです」


「「「「――――っ」」」」


 四人の表情がニヤニヤしだす。恥ずかしい事を口にしたのに、俺は随分と冷静だったと思う。


 後に控える選択肢のせいなのか、それとも人に好意を伝えると言うのは恥ずかしい事じゃないって事なのか。


 どちらにしろ、伝えられてよかった。



「いつから好きになったのかは分からない。在り来たりだけど、気が付いたら……そうなってた」


「「「「(にやにや)」」」」


「どこが好きなのか……そう聞かれると色々とあるけど、とりあえず俺は……みんなの隣に立っているのが俺じゃなきゃ嫌だった」


「「「「(にまにま)」」」」」


「誰にも渡したくなかった、その笑顔を他の男に見せて欲しくなかった、俺の傍から離れて欲しくなかった……」


「「「「(によによ)」」」」


「我ながらすげー独占欲と言うか、すごい事を言っていると思う。なんてったって四人に言ってんだから……みんなもなに言ってんだって思ってるよな? これから俺は、最低な選択をするかもしれない」


「「「「(にぱにぱ……あれ? なんか雲行きが変わった?)」」」」


 ころころと表情を変える四人が愛おしいが、いよいよ決めなければ……というか告げなければならない。


 誰も幸せにならない、誰も喜ばない選択かもしれない。


 でも、少なくとも……一人で悲しむ事はない。みんな一緒だから。



 【はすみはるか】

 【あいかわなつな】

 【れんざんあきほ】

 【むかいぞらとうり】



 ごめん、決められない、選べない。


 みんな同じように好きなんだ、誰かが特別って訳でもないんだ、みんな特別なんだ。


 みんな選べたらいいのに……それが当たり前だったらよかったのに。


 なんで俺は、個別ルート誰か一人を選ばなかったのだろう。ゲームではハーレムルートばかり選択してたくせに、現実でハーレムルートを選択すると誰も喜ばないって分かってたのに。


 ハーレムルートを選択出来る状況になるなんて、思ってもみなかった。



「……ごめん、みんなの事は好きだけど……誰かを選ぶ事はできない」


「「「「ま、まぁ……誰か、を選ぶ必要はないよ……?」」」」」


 恋愛ドラマや恋愛映画には文句ばかり付けていた。主人公一人にヒロイン二人……選ぶのはいつもどちらかだけ。


 物語の途中で勘づく、こっちのヒロインがメインか……って。その途端、選ばれないであろうヒロインにいつも心を持って行かれる、なんならそっちのヒロインを応援してしまう。


 結局、気になって最後まで見てしまって、いつも後悔してた。選ばれなかった方の事を考えると居た堪れなかった。


 最後に心の内を明かして、さも美しいストーリみたいに見せているけど、綺麗事だといつも思っていたな。


 たまに選ばれなかった子が最後に言う、まだ諦めた訳じゃないから……あれ、本当に大っ嫌いだ。


 いつまで縛るんだよ。そんな事を言わせるくらいなら、初めから全員選んでおけよって。


 でも俺は、選ぶ事すらできないくせに。やっぱり主人公ってのは、凄いんだよ。



「……情けなくてごめん。誰か一人を選ぶ事なんて、俺は……」


「「「「えっと……だから、四人を――――」」」」


「――――本当はみんなを選びたいよ! でも、そういう訳にもいかないもんな」


 なんで両方選ばないんだろう、いつも思った。明らかに二人の事を意識していたくせに、なんだかんだ理由を付けて一人を選んでいる。


 でも現実は、それが当たり前。女の子達だって、自分だけが選ばれる事を望んでいる。


 全部選ぶなんて言うのは、選ぶ側のエゴなんだと。相手の気持ちなんて考えていない、自分の事しか考えていない選択なんだって。



「……ゲームだったら、選んでいる所なんだけどさ。でもゲームじゃないから、俺の気持ちを押し付ける訳にはいかないから……」


「「「「(なに言ってんだコイツ?)」」」」」


 恋愛とは選択なんだ、そう思った。


 きっと主人公の頭の中には沢山の選択肢があって、その中から選択して前に進んでいるんだって。


 ……でも俺には分からなかった。その中に、全員を幸せに……全員を選ぶと言う選択肢はなかったのだろうか。


 そんな事を思っていた時に、恋愛ゲームに出会った。


 主人公になり切って、自分で選択をして物語を進めていく。ハーレムルートに突入した時は、本当に衝撃的だった。


 アホみたいにやり込んだなぁ。ハーレムルートばっかり、個別ルートの攻略経験なしだ。


 俺が望んでいた結末がそこにあった。全員が幸せになる事だって、全員を選ぶ事だってちゃんとできたんだ。


 恋愛ゲームの、ハーレムルートの主人公のような選択を俺もしたい。そう思った事は何度もありましたね。


 でも無理でしょ、分かってた。その主人公と俺を比べると、とてもじゃないけど……って感じだったんだから。


 それにやっぱり、現実はゲームとは違うと理解してもいたから。ハーレムルートを選択したって、相手は喜ばないんだって。




「だから、ごめん。みんなとは付き合えません。俺は、誰か一人を――――」



「「「「――――いやいやいやっ! だからそれならみんなを選べばいいでしょ!?」」」」


「は……はあ?」


 急に大声を上げて詰め寄って来る四人。少し手を伸ばせ届くほどの距離まで来た彼女達は、強引に俺の手を取った。


 右手に春香と夏菜、左手はアキとトーリに握られていた。



「ほらっ! みんなの、四つの手を取れるよね?」

「九朗の手は大きいんだから、女子の手くらい余裕でしょ!」

「一つの手には一つしか手を取れないって事はないんですよ」

「貴方がいつまでも取らないから、私達が取る事にしたわ」


 俺の手に繋がれた四つの手。形だけであれば、確かに四人の手を取る事はできた。


 彼女達は何を考えているのだろう? 我先にと手を取った感じではなく、みんな仲良く手を取り合ったという感じの行動に混乱する。



「九郎くんがいいなら……私達はいいよ?」

「うん。それも面白いと思うんだよね」

「色々とローテーションはしますけど」

「そうね。二人きりでしたい事も、あるし」


「冬凛ちゃん、えっちです」

「そ、それはまだ早いよ!?」

「な、何の話よ!? 麻雀よ!」

「まぁ……私は別に、いつでも……いいよ?」


「「「でたよ、どさくさ春香」」」


 俺の手を取り合いながら、わいわいと言い合う四人を見ていると思う。


 もしかして、この四人とならいいんじゃないかという夢物語。


 でも、周りはそれをどう思うのだろう? 誰か一人を選ぶのが当たり前の現実で、四人を選んだら彼女達はどう見られるのだろう?


 俺はいいけど、彼女達が変な目で見られるのは嫌だな。



「クロー? さっきから何を考えているの?」

「いや、色々と……」


「どうやって私達を幸せにするか悩んでるの?」

「そ、それもあるけど……いや、そもそもだな」


「ウ、ウチは……一緒にいられれば、幸せだし……」

「それは、俺もだけど……その、周りの目とか」


「彼女が四人いたらダメっていう法律とかあるんですか?」

「ちょっと法律関係は分からないっす……」



「あたし達がいいって言っているんだから」

「そうだよ! あとは九郎次第!」

「それに周りとか関係ないですよ?」

「誰に迷惑を掛ける訳でもないわ」


 というかこいつら、すでに彼女ムーブしてないか? 近いとかじゃなくて、すでに密着しているんですけど。


「それより春香~、そろそろ場所変わってよ」

「も~しょうがないなぁ」


「秋穂? 次は私が内側」

「も、もうちょっとだけ……」


「あ、あのな? ちょっとだけ、離れてくれる?」


 四人に密着されるのは、あの生徒会選挙以来だろうか? あの時とはなんとなくだけど違った感じの密着だったけど。


 名残惜しくはあるが、ちゃんと答えないと、伝えないと。ここまで言わせてしまって、何も選ばないなんて選択肢は、もうない。



 【は――――】

 【あ――――】

 【れ――――】

 【む――――】



「いいのか……これ、選択しても……? ハーレムルートだぞ!?」


「「「「いいのっ!!!!」」」」


 相手がいいって言うなら……いいんじゃね? 相手の気持ちが、それを望んでいるのなら……いいんじゃね?


 この先どうなるかなんて分からないけど……それは、その時に考えよう!?


 みんながそれを望んでいて、後は俺の覚悟次第だと言うのであれば――――



「じ…………じゃあ、四人の事が、大好きです!! ――――全員、俺の彼女になって下さい!!」


「「「「はいっ!!!!」」」」


 一斉に抱き着いて来る四人をなんとか受け止るが、なにか恐ろしい事をしてしまった気がしてならない。


 ハーレムルート確定。


 確定したというか、確定させられたというか……八千代さんが言っていた強いって、こういう事なのだろうか?


 尻に敷かれないようにしなければ……四人に頭が上がらないなんてなったら、たまったもんじゃない。


 なんとかなるのだろうか? 本当に大丈夫か? 選んだ以上、俺だって色々と覚悟をしなければ。


 しかしなにはともあれ、ほんと素敵な笑顔をありがとう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る