第23話 それぞれの想い






 【蓮海春香を選ぶ】

 【愛川夏菜を選ぶ】

 【連山秋穂を選ぶ】

 【向空冬凛を選ぶ】



 差し出された四つの手、現れる選択肢。


 恋愛ゲームならば終盤だとでも言うかのような状況に、俺は固まる他なかった。


 傍から見れば四人に告白されて、モテモテで、美少女を選びたい放題な状況、そう見えるのかもしれない。


 ハーレムルートじゃん!? そんな馬鹿げた事が、初めは頭を過った。


 しかしそんな思いは一瞬で掻き消され、さっきまでの嬉しさなど何処にいったのか。今あるのは感じた事のないほどの強い胸の鼓動と、ただの焦燥感。


 このまま黙っていても、何も変わらないし始まらない。だから選ばなきゃないのに、選べない。


 個別ルートなんて経験がない。経験がないと言うより、個別ルートなんて選びたくなかったんだ。


 でも選ばなきゃ。誰かを……何かを選ばなきゃ。


 黙っていれば手は引っ込められ、取り返しのつかない結果となるのだろう。早く選ばなきゃ、言葉を出さなきゃと言う焦りの中、選択肢がブレ始める。



 【蓮海春香】

 【愛川夏菜】

 【連山秋穂】

 【向空冬凛】



「あ……あのさ。四人同時っていうのは、現実感がないというか……本当なのかなって……」


 情けなくも時間稼ぎ。でもこんな状況なのだから仕方がない。


 公太と話して、脇役だとか、俺なんか……なんていう考えは改めたけど、現実的に考えると俺が四人に好かれるか? 月ちゃんを入れたら五人じゃないか。


 最近は一緒にいる事が多かったんだ、もしかしたら一人くらいは好意を持ってくれた可能性はあるけど、五人はないでしょ。


 しかも同時に告白? 普通に考えたらあり得ない、彼女達は何かを示し合わせてここにいる可能性が高いよ。


 言ってしまえば……四人に揶揄われているとか。でも、そんな事をする子達じゃないよなぁ。



「ねぇ、別々にも言おうよ? 冗談って思われてるのかも」

「そだね。ちょっとハズいけど、ちゃんと言わなきゃ」

「そう……ですねよ。この気持ちを疑われるのは嫌……」

「そうね……じゃあ、誰から伝える?」


 彼女達は手を引っ込めてしまい、後悔にも似た感情が心を締め付けた。しかし彼女達は何かを再び話し合い始めるだけで、去ろうとはしなかった。


 時折きこえる、身長順とか五十音順とかの言葉。なんの順番を言い合っているのか分からないが、最終的に誕生日順というので合意したようだ。



「————九郎くん」

「は、はい」


 一歩前に踏み出したのは春香だった。春香もそうだが、後ろにいる三人の表情にもどこか緊張の色が浮かんでいるように見えた。


 やはり、そういう事なのだろうか? ここまで強い緊張を彼女達から感じるのは初めてだった。



「あのね……」

「うん……」


「……あたし、蓮海春香は、あなたの事が……大好きです」


 優しく微笑みながらそう言った春香。優しい眼差しと雰囲気、僅かに朱色の頬。風に靡く綺麗な黒髪からも目が離せなくなった。


「優しいあなたが好き、空手をしているあなたが好き、男らしいあなたが好き……というか嫌いな所がないから、全部が好きなのかも」

「お、おう……」


「まぁえっちな所はアレけど。ほんとはね、もっと言いたい事があるんだけど……他の子もいるから。嘘でも冗談でもなく、本当に九郎くんが好き」

「…………」


「あたしは……あなたの特別が、もっと欲しいです」


 春香は最後まで優しい笑顔のままだった。俺の気持ちを伝えようと言葉を出そうとした時、春香は下がってしまった。


 呆ける暇もなく、春香の代りに前に進み出たのは夏菜。


 まさかと思ったが、春香が言っていた他の子もいるというのは、恥ずかしいとかそういう事ではなく他の子も告白するからという意味だったのか。


 マジで? そんな、好きな人からの告白が四回も? 俺、耐えられるのか?



「九郎? い、いいかな?」

「あ、ああ」


 夏菜は相変わらず真っ赤だったが、目はいつもと違い真剣だった。


 恥ずかしがり屋で、すぐに目を逸らしてしまうのだが、今日に限っては逸らす事なく大きな声で俺に告げた。



「く……九郎の事が、大好きですっ!!」


 両手を胸の前で握りしめ、ハッキリと好意を口にした夏菜。屋上全体に響くような声量は、本当に夏菜らしいなと思った。


「九郎の傍にいるとドキドキして、他に何も考えられなくなって、九郎の事で頭がいっぱいになって……こんな気持ち、初めてで」

「そ、そうか」


「もっと九郎を知りたくて、もっと楽しい事をしたくて、もっと九郎を好きになりたい。出来れば……ウチの事も、好きになってほしい」

「…………」


「ご、ごめんね! ちょっと重いかな……でも、もっともっと……九郎と一緒にいたいのっ!」


 そう言うと慌てたように後ろに下がって、春香と手を取り笑い始めた。


 何かを答える暇なんてなかった。この時点で俺は、確実に二人から告白された事になる。


 まぁ四人同時に告白はされたけど……とりあえず、俺は選ばなきゃなくなった。


 春香の告白が終わり、夏菜はすぐに前に出てきた。しかし夏菜が後ろに下がっても、他の二人は前に出てくる事はなかった。


 四人じゃなく二人なのかという考えが頭を過った時、震えたようなアキの声が聞こえるのだった。



「ご、ごめん……冬凛ちゃん、順番……代わってもらってもいい……?」

「秋穂……分かったわ。大丈夫よ、大丈夫」


 何かをアキに呟いた後、一歩前に進み出たのはトーリだった。


 トーリの後ろでは春香と夏菜がアキに寄り添うようにしている姿が見えた。


 なにかあったのかと心配になるが、それどころではないな。目の前に立つトーリが、他の子は見るなという目をしているのだから。



「クロー。今は私だけを見て?」

「ああ……」


 トーリの様子はいつもと変わらない。凛としていて、涼し気な表情のまま、風に流され乱れた髪を耳に掛け直した後、綺麗な声で俺に言った。



「大好き、クローのことが」


 小さな微笑みを作りながら、夏菜とは正反対の声量でトーリは言った。小さな声なのに耳によく届く声、優しいと言うより温かい声だった。


「クローがくれる物は全部温かくて、どれも私の大切な物になったわ。雀荘でも、学園でも、自分の家でも、私の周りには温かいものが増えたの」

「そっか……」


「こんなに自分が変わると思ってなかった。私を変えてくれたのはあなた、私に色々なものをくれたのはあなた」

「…………」


「もっとクローに頭を撫でられたい、私を受け止めてもらいたい。ずっとあなたの隣にいたい、失いたくない、離れて欲しくない。私もこれからは、あなたに色々なものをあげたい、だから……」


 言い終わった様子のトーリは、そのまま三人の元に戻ってしまった。


 春香と夏菜と同じように、落ち込んでいる様子のアキに寄り添った。


 アキはどうしたのだろう? 彼女だけはいつもと違う雰囲気を纏っていて、なんだか今にも逃げ出してしまうそうな感じだ。



「アキ……? 大丈夫?」

「クーちゃん……」


 アキは俺の声を聞き、少しだけ三人に押し出されるように前に踏み出した。


 そこにいつも落ち着いていてどこか小悪魔なアキはおらず、今にも泣きだしてしまいそうな小さな女の子しかいなかった。



「……あの、その……ほ、本当にクーちゃんの事が……だ、大好きで……!」


 震える声で、アキは目を彷徨わせながらそう言った。目には涙を滲ませ、今にも決壊してしまうそうなほど。


「多分……私が初めにクーちゃんの事を好きになったと思う。でも告白できる自信なんてなくて……気が付いたらいつの間にか、みんなも私と同じように笑うようになってて……」

「そうなんだ……」


「……みんなの気持ちに気づいた時は、本当は凄く怖かった。私なんか絶対に選ばれないって思った。正直に言うと、卑怯だけど……みんなより先に告白しようと何度も思ったの! でも……出来なくて……怖くて……」

「…………」


「だけど……みんなといる内に、少しずつ自信が出て来た。今だって、背中を押してもらえた。それに、クーちゃんを想う気持ちは……負けてるつもりないの! 本当に、それだけは伝えたくてっ!」


 ついに零れてしまった涙。そんなアキに寄り添おうと三人が近づき抱きしめた。


 いつものアキらしからぬ様子には驚いた。アキがそんな事を思っていた事にも全く気が付かなかった。


 正直、俺はいつ彼女達に好きになってもらえたのかは分からない。でも恐らく俺の態度や行動は、少なからず彼女達を苦しめたのかもしれない。


 思い返せば色々と、彼女達はアピールしてくれていたじゃないか。気づかなかったから……なんていうのは都合のいい言い訳だな。



「……みんな、ありがとう」


 本当に四人に告白された。嘘でも冗談でも、揶揄っている訳でもない事はハッキリと分かった。


 ならば俺は、どう答えるべきだろう。誰を選ぶべきなのだろう……?



 【はすみはるか】

 【あいかわなつな】

 【れんざんあきほ】

 【むかいぞらとうり】



「九郎くん、泣かせちゃったね? 責任取らないと! ついでにあたしの事も貰ってよ」

「ちょっと春香!? ついででいいの!? ウチはついではイヤっ」


「……うふふ、計画通りです。最後というのは、一番印象に残りますから」

「はいはい。あなた、顔と目が真っ赤よ? あれが演技だって言うなら、あなたは名女優なんてレベルじゃないわ」


 四人の雰囲気は柔らかいものになっていた。緊張していたような雰囲気は消え去り、四人とも普段見せている笑顔で笑い合っていた。


 この雰囲気ならば……とりあえず保留という選択肢も……あり?


 いやダメだろ……それはいくらなんでも。こんな告白をされて、保留ってのはイカンよ。何か忘れているような気がするが。



「あ、あのな……? 気持ちは嬉しいんだけど――――」



「――――それでクーちゃん? イエスですか? オッケーですか?」

「い、いいよ! ウチ、彼女になる覚悟は出来てるから!」

「まさか、私を手放したりしないわよね? もったいないわよ?」

「まぁ断られても諦めるつもりないけどね? 覚悟して答えてよ~?」


「お、俺は……」



「「「「あなたの彼女にして下さい――――私達を」」」」



 再び差し出される四つの手。振り出しに戻ってしまった。


 時間を稼いだつもりが、答えなど見つからず。逆に彼女達の真剣な想いを聞いた俺は更に悩む事に。


 なんでこんな事に……なんでいきなりこんな事に! 彼女達と出会って数か月、こんな事になるとは全く思っていなかった!


 ほんとどうしよう!? どうしたら…………ん? 私達……? 聞き間違いか?

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