第3話 春姫の番
――――ガチャンッ……ギィィィ……。
「……おお、マジで開いたぞ?」
「なんかドキドキするね」
「うん。ウチ入るの初めて」
「私も初めてです」
「ここなら誰も来なそうね」
お昼休み、各々お弁当を持ってやって来た四季姫。
男子からの射殺すような視線と、なぜか数人の女子からもジッ見られた俺達は、逃げるように教室を飛び出した。
実は今日の朝、公太からとある場所のカギを渡されていた。
ニヤニヤとしながら、頑張れよとのお言葉つき。本当に影のない笑顔に戸惑ったが、押し付けられる勢いでそれを受け取らせられた。
それは学園の屋上に入るためのカギ。半信半疑だったが、どうやら本当に使えるようだ。
うちの学園は数年前から、一般生徒の屋上の立ち入りは禁止されていた。
しかし去年の文化祭の日、学級委員長を務めていた公太は、飾りつけのために屋上へ立ち入ったらしい。
その際、魔がさして合鍵を作製。たま~に主人公らしく、コッソリと屋上で風に当たるなどして楽しんでいたそうだ。
こんな主人公アイテムを渡されてモヤモヤ、しかし後ろには楽しそうな表情をした四人の女子生徒がいてニヤニヤ。
「ねぇねぇ春香! どんなお弁当作ったの?」
「う~ん……実はあまり自信ないんだぁ……」
「そうなの? 意外ね、料理は得意そうなのに」
「……料理は? はってなにかな? どういう事?」
「あはは。だ、大丈夫ですよ! クーちゃん、優しいですから」
「……優しいから……なに? 不味くても我慢してくれるって事?」
「ち、違うって! 九郎は好き嫌いないっぽいから!」
「だから? 不味いのも歪な形のも、嫌いじゃないって事?」
「「「今日の春香さん、面倒くさい……」」」
ここまで選んできた選択肢の影響なのか、屋上で女子と逢瀬というイベントが発生するとは。
……選択肢を選んできた影響かぁ。
とは思ってみても、選んでしまったのだから後には戻れない。これから彼女達を離すような選択を取り続ければ元に戻るのかもしれないが……それは、嫌だな。
今日はそこまで日差しは強くはないが、やはり少しだけ暑い。しかし屋上のせいなのか、風を感じるから居心地は悪くなさそうだ。
と言っても日差しはあるし、たまに強めに風が吹く事もあるから、あの日陰に入るのが良さそうだな。
――――ぶわっ……と、再び強めの風が通り抜けた。
「「「「――――きゃっ!?」」」」
四つの小さな悲鳴に、何事かと振り返ると、それぞれがスカートを押さえて僅かに頬を赤く染めていた。
一陣の風、スカート、頬染め……まさか、ラッキーイベントが起こったのでは!? 合法イベントを俺は、見逃してしまったのか!?
「……ど、どした?」
「……ちょっと風が悪戯しただけだよ」
「九郎が前にいてよかった……」
「私は別に……構いませんけど」
「だめ、今日は可愛いのじゃないから」
やはりか……くそ、彼女達を先に行かせていればっ!! でも、アキとトーリなら押せば見せてくれるような気が……だめか。
そもそも、たまたま見えたからラッキーなのであって、見ていいよは何か違う。
――――
――
―
「――――あの、あまり……期待しないでね?」
日陰に移動し、各々適当な敷物に腰を下ろして、いよいよ昼食。
おずおずとする蓮海から差し出された、可愛らしいお弁当箱を受け取り、俺は緩む頬が抑え込めなかった。
全てが俺のために作られたお弁当だ。意を決してオープンすると……なんということでしょう。
輝いて見える。綺麗な卵焼きや、可愛らしくカットされたウインナー。真新しいものは特にないが、彩りがとても綺麗だ。
少しだけ焦げ付いていたり歪な所はあるが、それ故に手作り感が伝わって来る。
「ご、ごめんね……実はあまり、料理した事なくて……」
少し暗い顔をしてしまう蓮海だが、分かってないなぁ。これがいいんじゃないか! それがいいんじゃないか!
普段はしないけど、貴方のために頑張ってみたという、それがなんとも素晴らしい。
「美味しそうじゃん……では、頂きます」
「う、うん」
緊張した面持ちの蓮海を横目に、卵焼きを一口。
蓮海だけではなく他の三人の視線も集まる中、俺はゆっくりと味を噛み締めた。
「……うん、美味いよこれ」
「ほ、ほんとっ!? 良かったぁ」
ちょっとだけ薄味だが、蓮海らしいと言えばらしい優しい味付け。
両手で頬を押さえて、嬉しそうに微笑む蓮海に見惚れていると、ある一点が気になってしまい指摘してしまった。
「蓮海……その指」
「え? あっいや……こ、これはね!」
頬に添えられていた両手を、慌てて背中に隠した蓮海。
しかしバッチリ見てしまった。何か所かに貼ってあった絆創膏、怪我をしてしまったのだろうか。
「な、慣れてなくてちょっとね……恥ずかしいから見ないで欲しいな」
「そうか……なんかごめん……いや、ありがとうか」
「そうだよ? 喜んでくれた方が嬉しいし、あたしが作りたくて頑張った結果だから……」
なんて可愛い事を……さすがは犬属性の蓮海。尽くすタイプなのだろうか?
やば……可愛い。その容姿で、そのいじらしい仕草は反則だろ。
「あ、ありがとな蓮海。ほんと、美味しいわ」
急に恥ずかしくなり、顔を伏せて弁当に集中する。心を落ち着かせようと思ったのだが、なんと蓮海が追加攻撃を繰り出してきた。
「……ねぇ九郎くん。そろそろさ……あたしの事も名前で呼んで欲しい」
「な、名前で? でも蓮海って、カッコよくない?」
「カッコよくなくていいよ! あたしも名前で呼ばれたい……」
なんだか、今日はやけにグイグイくる。いつも蓮海はどこか一歩引いている感じだったのに、今日はこんなに身体と顔を近づけて。
ヤバイ、絶対に今の俺、顔真っ赤だ。しかし蓮海はいつもとは違い真剣な目をしている、ここで対応を間違う訳には――――
――――名前で呼ぶか、呼ばないか。
いや、蓮海が呼んで欲しいって言っているんだから、考える必要なんてなくないか?
俺は別に呼びたくないって訳じゃないし、女の子を名前で呼べるなんて特別感があって素晴らしいじゃないか。
それに蓮海は黙った俺を見て、不安そうな顔で見上げている。彼女を悲しませるのはなしだ。
「じゃあ……春香って呼ぶよ?」
「う、うん! えへへ、嬉しいな」
その優しい笑顔に心を射抜かれた。さっきまでの不安な表情から一転、冗談抜きで周りの空気が華やいだ。
今日一日で、かなり春香という女性にやられてしまった気がする。
「九郎くんっ」
「な、なに? 春香」
「えへへ、呼んだだけ~」
可愛いかよ。
そんな二人だけの世界を展開しているのに、他の三人はジト目を見せるだけで介入してこようとはしなかった。
――――――――
「……まぁ、今日は春香の番だから仕方ないけど……」
「そう……ですね」
「明日は私の番よ」
「……ねぇ冬凛、代わって? 順番」
「いや」
「冬凛さん、料理上手だから胃袋掴まれちゃう……」
「……でもねぇ、私の師匠の料理、ヤバいのよ」
「ヤバいってなんですか?」
「美味し過ぎるの。それをクローは何回も食べてるわ」
「えぇ……そんな、勝てるのなんて愛情しかないじゃん……」
「……サラッと言ったわね、夏菜」
「絶対に負けません、そこだけは」
「ふぇ? なにが?」
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