第4話 月姫の番?






「――――どうぞ先輩、入って下さい」

「お、お邪魔します……」


 春香から弁当を頂いた日の放課後、俺は月ちゃんに連れられ酒神邸を訪れていた。


 放課後、生徒会役員選挙の事を相談しようと、四季姫と話そうと思っていた所を月ちゃんに捕まった。


 迷ったが、公太の変化に関する事だと言う。


 俺は僅かに恐怖を覚えたものの、このモヤモヤをどうにかしたいと月ちゃんから話を聞く事にした訳だ。


 でも別に……酒神邸の、月ちゃんの私室で話す事はないのでは……。


 ちなみに公太は部活、陽乃姉さんは生徒会の用事でいないようだ。



「九郎先輩、飲み物を持ってきますので待っていて下さい」

「あ、はい。お構いなく」


「……何を緊張しているのでしょうか? あ、ちなみに……そこのケースの一番下は絶対に開けないで下さいね?」

「あ、はい。開けません」


「……いいですか? 絶対、絶対ですよ?」


 そう言って月ちゃんは部屋を出て行った。


 そこまで言われると気にな……りませんよ。態とでしょあの子、あの中に入っている布には心当たりがある。


 もし開けたら……きっと幸せな景色が見れるだろう。ただあの月ちゃんの事だ、その景色を見ている俺の光景を撮影でもするつもりなのではないか?


 引っ掛からんぞ? 絶対そのつもりだ、弱みを握るつもりなんだ。しかし見たい。今どきの女子高生は一体どんな――――



「――――せんぱ~い? もう入ってもいいですか? まだ見ます?」

「入って下さい。私は何も見ていませんし、動いていません」

「なんですかそれ。つまらないですね」


 こいつ、やはり。あのまま欲望に忠実になっていたら今頃は奴隷か下僕か? ほんと恐ろしいわ、酒神姉妹は。


 飲みものと軽食を持ってきた月ちゃんと、テーブルを挟んで向かい合わせになった。


 運ばれてきた紅茶に口を付けていると、なにやら観察でもするかのような鋭い視線を月ちゃんに向けられている事に気がついた。



「月ちゃん?」


「……先輩、兄さんの変化の事を聞きたがっていましたよね」


 先ほどまでとは打って変わって真剣な表情を見せ始めた月ちゃん。


 月ちゃんは唯一、公太に対して違和感を覚えていた子だ。妹という立場から、公太の事を長く見て来た存在。


 彼女が公太は変わったと言うのであれば、やはり変わったという事になる。



「どうして、先輩がそんな事を気にするんですか?」

「どうして……それは、公太が公太らしくないからと言うか……」


「……先輩は二年生になってから兄と知り合ったのですよね? 昔の兄を知っているのですか?」

「噂では色々と聞いていたよ」


 一年生の時から、公太の事は知っていた。クラスは違ったし、話した事もなかったけど、公太の噂は耳に入っていた。


 初めはなんとも思っていなかった。モテる奴がいるんだな……本当にその程度で、顔も名前も知らず、興味も大してなかった。


 意識し始めたのはいつだろう……一年生の三学期なのは間違いない。


 正確には覚えていないが、自分もモテたいと思った時には意識していたのではないだろうか。


 モテたい奴がモテる奴の事を意識する。まぁお手本というか、モテるにはモテる奴の真似をすればいいとか、そんな事を思ったんだよ。


 しかし公太の事を知れば知るほど、というか聞けば聞くほど、自分とは全く違うのだと思い知らされた。



「……あいつはさ、主人公だったんだ」

「――――っ!? 先輩、今なんて……」


 容姿も、性格も、身体能力も、頭の良さも、環境も、取り巻く人達も。何もかもが俺とは違う……だから俺は自覚した。


 公太に比べたら自分は、脇役なのだと。



「先輩は兄の事を、主人公だと言うのですか?」

「え? そりゃそうだろ。あんな主人公らしい奴、他にいないだろう?」


 ただ、いつ俺は公太の事を主人公だと認識したのだろう?


 公太の噂を興味なさげに聞いていた時は、モテる生徒がいるんだなぁと、その程度。モテる公太を意識し始めてからは、凄くモテる同級生だなぁと、そのくらい。


 少なくとも去年は、公太の事を主人公だとは思っていなかったような……?



「兄さんが主人公なら……近くにいる先輩は脇役ですか?」

「そうだなぁ……俺は脇役だよ。自覚はしていたはず……だったんだけどな」


 俺が脇役という事に変わりはない。


 ただ変わったのは、主人公の力を脇役が得てしまったという事。


 脇役には変わりない。そこは勘違いせずに自覚していたけど、今の俺の状況が分からない。


 主人公の力で変わった環境、集まった少女達。本来これは、主人公の所に集まるのだったとしたら、俺が変えてしまった事になる。



「……兄さんは去年まで人気の女子に囲まれて、今の先輩のような状況でしたよ」

「俺のようなって……」


 俺のような状況って、やっぱり四季姫の事だよな。選択肢を選ばなければ、彼女達は……。


「最近の兄さんは、違います」

「違う……?」


「選ばない、行動しない。でも兄さんの事を更に近くで見るようになって、ちょっと違和感も感じ始めました」

「違和感……」


「兄さんはどこか、わざと女子を遠ざけているような……」

「え……?」

「主人公をやめようと……いえ、何でもありません」


 そ、それはちょっと……俺が感じていた違和感とは違うような……違うよな?


 なんで主人公がヒロインを遠ざけるんだよ。公太が遠ざけたんじゃなく、俺が引き寄せたんだ。


 だから周りにはそう見えるんだよ。



「脇谷九郎さん。貴方は本当に脇役ですか?」

「え……?」


「今の先輩は、とてもではないですが脇役ではありませんよ? それこそ、主人公ではないですか」

「そ、それは……」


 貴女の敬愛する兄から選択肢を奪ったとは言えず、視線を月ちゃんから逸らした。


 なんか変な流れになってしまった。俺はただ公太の変化を聞きに来ただけだったのだが。



「……ん?」


 逸らした視線の先、何気なしに見た本棚の中で目に付いたもの。


 一冊だけやけに薄い本だなと気になったが、その背表紙に書かれたタイトルを見て思わず立ち上がってしまった。


「……月ちゃん、これ……月ちゃんの?」

「え? あっ……それは」


 少しだけ慌てた様子を見せた月ちゃんを横目に、本棚に近づいた。そして手に取り、まじまじと眺める。


 それは本ではなくゲームだった。俺にとっても思い入れの深い、恋愛ゲームだ。


「月ちゃんも恋愛ゲームやるんだ」


「……悪いですか? それは、妹キャラが私に似ているって話を聞いて、興味が」

「そうなんだ。これ、俺も持ってるんだよ! 一番最初に買った指南書で、一番やり込んだゲームなんだ」


 モテるためには何をすればいいのか。公太は参考にならなかったので、俺は外部ツールに頼った。


 一番最初に思い付いたのが恋愛ゲーム。金がなかったから、このゲームを買って何度もやった。



「指南書……? やり込むって……そのゲーム、バッドエンドかハーレムエンドしかないクソゲーじゃないですか」

「クソゲーだと!? 俺の思い出をクソだと!? だからいいんじゃないか! ハーレムいいと思わない? みんな幸せ!」


「……はぁ、そうですか。だから先輩は……」


 何やら考え込んだ月ちゃんを横目に、このゲームの内容を頭に蘇らせた。


 まるで昨日までプレイしていたかのように覚えている。分かりやすい選択肢ばかりで、誰を贔屓することなくずっとニヤニヤできた記憶があるな。


 そういえばこのゲームの主人公って――――


「――――でもそのゲームの主人公、兄さんにソックリなんですよね」

「あ、やっぱり? 容姿も性格も頭もいい完璧超人! 公太だよなぁ!」

「ですです! だから私もやり込みました!」

「お前もクソゲーやり込んでんじゃねぇか!」


 その後、当初の目的など忘れ、月ちゃんとゲーム談議に花を咲かせた。


 月ちゃんも中々にやり込んだようだが、どうやら持っている恋愛ゲームはこれだけらしい。


 しかし俺にとって思い入れのあるゲームを、ここまでやり込んだ同士が見つかった事は素直に嬉しいな。



「ただこのゲーム、ヒロインとの出会いがおかしいですよね」

「ああ! 曲がり角でぶつかるやつな!」


「……ぶつかるのはいいんですよ? なんでヒロイン全員が、曲がり角激突出会いなんですかね?」

「う~ん……まさに衝撃的な出会いだよね」


「衝撃的すぎます。ヒロインの一人は、そのまま病院送りの記憶障害だったんですよ?」

「う~ん……まぁ、ご都合主義でしょ。それにほら、主人公と言えば激突じゃん?」

「そう……ですか? 今時、食パン咥えた女子なんていませんよ?」


 公太と陽乃姉さんが返ってくるまで、下らない話は続きましたとさ。


 あれ? 何しに来たんだっけ……?

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