第11話 少し高くても自販機LOVE

 





 ジャージ姿もカッコいいというチート主人公、酒神公太と道場前でエンカウントした俺。


 初めはランニングか何かと思ったが、態々わざわざこんな所を走る必要はないし、雰囲気からも運動しているような感じは受けなかった。



「おう酒神、どした? ランニング……か?」

「いや、ちょっと買い物にね! 脇谷って、ここの道場に通ってたんだ。空手やってるってのは昼に聞いたけど」

「まぁな。ここが家から一番近いから」


 やはり運動していた訳ではない酒神は、興味深そうに俺の事を見定め始めた。


 なんか、男にジロジロと見られるのはいい気分じゃないな。


「脇谷って結構ガッシリしてるから、何かスポーツやってるんだろうとは思ってたけど、空手っていうのは……」


「……意外か?」

「正直な。背が高いしバスケとかかなぁ~って思ってたよ」


(俺より背の高い酒神にそう言われてもな……)



 自分では運動神経は悪いとは思ってないが、特別いいとも思ってない。


 体を動かす事は嫌いじゃないし、体育の授業とかでは結構張り切るタイプだと自分でも思っているのだが、バスケは苦手なんだよな。



「酒神は……サッカー部だっけ?」

「そうだよ。買い物も、部活用の冷却スプレーを買いに行くんだ。今日、買うの忘れててね」


 イケメン主人公の部活と言えばサッカー。それにこいつ、確か一年の頃からレギュラーというチートっぷりだったはず。


「脇谷は部活やらないのか? 空手だけ?」

「うちは強制じゃないだろ? 空手もあるし、バイトもしたいからな」

「なるほどなぁ~――――っと、そろそろ行かないと! 店が閉まったら大変だ」


 そん時は明日行けばいいだろ。


「ああ、またあし――――あ……待った! 酒神!」



 【やっぱなんでもない】

 【冷却スプレーならあるぞ】

 【俺も一緒に行く】

 【明日でよくないか?】



 ふ~む、ここはどうしよう……? 呼び止めておいて、やっぱなんでもない、はないよな。


 ……そうだ! いい事を思い付いた!



「開けてないスプレーならあるぞ? 金は明日でもいいし」

「え……でも、いいのか?」

「今から店に行くのもあれだろ? 俺はまだ開けたばかりのがあるから」


 リュックから新品の冷却スプレーを取り出し、酒神に差し出した。


 メーカーとかに拘りがあるならあれだが、表情を見る限りその心配はないようだ。



「あ、買おうと思ってたやつだ」

「そか、なら良かった」

「でも本当にいいのか?」

「ああ……実を言うと、買い過ぎたんだよ。小遣いも増えるし、買ってくれると助かる」

「そういう事なら、ありがたく!」


(よし! 小遣いゲット! これで女の子に誘われてもランチに行ける!)


 ほんの少しだけ色を付けてもらった金額を受け取り、その場で酒神と別れた。


 帰る方向が同じだから一緒に帰ってもよかったんだが、スマホで時間を確認した時にメッセージが届いていたのだ。



 三< 卵、ふえるわかめ、妻幼児、駅前すーぱー安い


 我が母君からのメッセージ。お願いではない、命令だ。変換を間違っているが、可愛さなど微塵も感じない。


 母はなぜかメッセージ上では口が悪くなる。普段も良いわけではないのだが、メッセージ上では更に怖い。


 でもお使いはお使いだ。駅前だと少しだけ遠回り、お駄賃が欲しい。



 三< 爪楊枝

 九< ジュース買っていい?

 三< じぶんの金でかえ

 九< 駅前、結構遠いんだけど。

 三< だからなんだ

 九< いや、そこまで行くんだからジュースくらい…。


 三< ヽ(`Д´)ノ


 母強し。勝てんかった。



 ――――

 ――

 ―



 母に頼まれたもの以外は何も買わず、安さが売りのスーパーを出た。そしてスーパーを出てから気づく、別にジュースくらい小遣いで買えば良かったと。


 臨時収入も入ったし、ジュースの一本も買えないほどの極貧ではない。しかし再びスーパーに入り、一本だけジュースを取り長いレジ待ちの列に並ぶのは面倒くさい。


(はぁ……自販機で買うか)


 これから長い道を歩いて帰らなければならないし、少し喉を潤したかった。


(くっそ、同じ飲み物なのに……でも自販機サイコー)


 同じ物をスーパーで買えば半分近くの値段で買えた事に悔やむが、背に腹は代えられない。こいつは朝でも夜でも金さえ払えば簡単にデレる、それが何とも素晴らしい。


 硬貨を投入し目的の飲み物のボタンを押下。ガゴンッという音を響かせ飲み物が落ちてきた時だった――――



「――――いった……」


 突然聞こえた女性の苦悶の声。自販機が出した重い音が響いた次の瞬間に聞こえた声という事で、どうしても気になってしまった。


 そんな訳がないのだが、タイミング的に自分の行動のせいで誰かが痛い思いをしたのかと。



「ご、ごめんなさい!? 大丈夫ですか!?」


 そのため深くも考えず反射的に、自販機のすぐ傍から聞こえた声に思わず謝ってしまった。


「えっ……と、なんで謝られたの……かな?」


 慌てて目を向けると、自販機に背中を預けている女性の姿が目に入った。


 薄黄色のカーディガンを羽織った、自分と同じ歳くらいの女性。


 首を傾げて急に謝られた事に困惑している様子の彼女。自販機の光に照らされた、ロングヘアーの黒髪が凄く印象的だった。

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