第12話 捻挫にはエアーサロ……ゴホンッ!

 





 小さく呟いた言葉にイキナリ謝罪された事に困惑する女性に、慌てて理由を話すと笑ってくれた。


 自販機が出した大きな音に反応するかのような苦悶の声。大した思考もせず謝ってしまう癖は、母親の教育の賜物だと思う。



「あはは、なんとなく分かるけど」

「あぁ、うん……ガゴン! いてっ! なんてなったから……つい」

「それでも普通は謝らないと思うなぁ」


 確かにこの人の言う通りだ。奴隷根性に近いのかもしれないが、謝る癖と言うのは中々治ってくれなくて苦労している。


 それはいいとして……良くはないが、さっきの声はなんだったのだろう? ジロジロ見るのは失礼だと思いつつも眺めてみるが、彼女は怪我をしている様には見えないし。



「えと……どこか痛いのか?」

「ん~ちょっとね……スーパーの中で足を捻っちゃったみたいで」


 その言葉に彼女の足首に目を向けると、確かに右足を気にしているように立っていた。


 エコバックの中身も俺より遥かに多くて重そうだし、ガッツリ足に負担が掛かりそうだ。



「捻挫……かもな」

「うん。でもそこまで痛い訳じゃないし、なんとかなるから大丈夫かな」

「でも下手に動かすと……――――」



 【お大事に】

 【肩を貸す】

 【冷却スプレー】



「――――そうだ」


 俺は急いでリュックの中を漁り始める。少し汗臭くなった空手着を取り出し、奥にあった目当ての物を取り出した。


 捻挫、足、サッカー、公太、冷却スプレー。ついさっき公太とやり合ったばかりだ。



「これで少しはマシになるかも……足、見せてもらってもいいか?」

「あ、えっと……」

「あぁごめん。見ず知らずの奴に足見せるとか嫌だよな、じゃあ自分で――――」


「――――ううん、大丈夫。ありがとう……えと、お願いしてもいいかな?」


 恐る恐るといった様子で足を差し出した女の子。軽く靴下を捲ってもらい、少しだけ赤くなっている箇所に冷却スプレーを噴射した。


 ピクっと反応を見せる仕草が凄く可愛い。しかし暗くてあまり表情は伺えない。


 恐らくオシャレ目的で付けているであろう、赤ぶちのメガネのせいもあるだろうが。



「痛むか?」

「……」


「……? なぁ、大丈夫か?」

「……へっ? あっうん、大丈夫だよ……」


 なんか、モジモジしてる……? いや、痛みを我慢してるのか?


 ……ん? って俺、何やってんだ!? 名前も知らない、今さっき会ったばかりの女の子の足を掴んでスプレーを吹きかけて……。


 冷静に考えると凄い事をしてしまっている気がしてきた。道場で他の生徒が痛めた時に応急処置はよくするが、目の前の子は知り合いでもなんでもないのに。


 どうにも選択肢が現れると、自分らしからぬ選択をすると言うか、気が大きくなると言うか……。


 しかしマズイぞ。これは……へ、変質者や痴漢と思われても仕方がないのでは!?



「と、とりあえずこんなもんか!? 痛みはどうでしょうか!? 大丈夫か!?」

「う、うん……マシになった気がする」

「そ、それはようござんした! 出来れば家の人に迎えに来てもらった方が良い気がするな!」

「あはは、なぁにその喋り方? でもそうだね、そうするよ」


 よく分からんが笑ってくれた! この少しでも好印象の内に撤退だ! 身分を明かさなければ訴えたくとも訴えられまい!


「では僕はこれで! お大事にッ!!」

「あ……ありが――――」


 ババっと荷物整理をし、逃げるように彼女の前から離脱した俺は、彼女の足の感触が残る手をニヤニヤ見つめながら家に帰った。


 顔は良く見ていないが、声や仕草から可愛かったのは間違いない。そんな人の足に触れてしまった事に舞い上がっていると、家まであっという間だった。


(足、それに髪、綺麗だったな~)


 そんなポワポワした状態で家に帰るが、即座に現実に引き戻される。


 全力疾走したせいなのか卵がいくつか割れており、その事に激怒する母からシッカリと卵代を小遣いから回収された。


 そしてなにより、自販機にジュース忘れてきた。卵代と飲んでもいないジュース代分、お小遣いは減ってしまったが、まぁよしだろう。


 そんな彼女と、次の日に再会するとは夢にも思っていなかった。



 ――――――――

 ――――――――



 次の日。午前中はロングホームルームとなり、色々な役職やら委員会を決める時間に充てるらしい。


 いきなり授業よりは遥かにマシだが、油断する訳にもいかない。下手に委員会やら委員長にされてしまってはたまったもんじゃないからな。


 さて、気配を消して大人しくしていようと思ったのだが、ロングホームルームが始まる少し前に事件は起こった。



「――――あの、荒木先生。どうして俺は引きずられているのですか?」

「お前が逃げ出すからだ」

「逃げるって……俺、なんかしましたか?」


 俺はホームルームの前に、急に教室に現れた担任の荒先に首を掴まれ、教室の外に連れ出された。


 逃げ出すと言うが、全く心当たりがない。強いて言うなら昨日の遅刻だが、それはもう済んだ話のはずだ。



「昨日、放課後に職員室に来るように言ったよな? なぜ来なかった!?」

「え……いやいや、そんな話は聞いてないですよ!?」

「言っただろ! 今と同じようにお前の首を掴みながら!」


 そう……だったか? あの時はあまりの主人公パワーに呆けていたからな。そう言われれば言われたような気も……だから昨日、職員室の選択肢が出てきたのか。



「それはすみません。それで……どこに連れて行かれるんですか?」

「遅刻した罰だ! ちょっと手伝ってもらう事がある、それで遅刻は帳消しだ」


「……はぁ!? いやいや、なんで俺だけ!? 酒神も遅刻したでしょ!?」


 また主人公パワーか!? 主人公は教室でヒロインとイチャイチャして、俺は裏で雑用だってか!?


「酒神は優等生だ! 遅刻が酒神だけなら考えるが、お前と酒神ならお前だ!」

「それ地味に体罰だろ!? 教育委員会に報告すっぞ!?」

「したければするがいい! 安心しろ、悪い話ではない。可愛い後輩たちと触れ合えるチャンスだぞ?」



 その後、俺は荒木先生に説明を受けた。


 内容は新入生のオリエンテーションである、学園案内の補助。二年生の各クラスから代表して一名が選出されるらしいが、荒先は遅刻した俺に目を付けた。


 のんびり登校を選び愛川と知り合えたが、どうやらツケが回ってきたらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る