第9話 バイト先はパン屋さん
「へぇ~空手やってるんだ! だからなんだ、こう……シュバって感じだったの!」
「確かに、しゅばって感じでしたね」
身振り手振りで表現する愛川と、ほんわかとした雰囲気で同意するアキ。
今まで惰性で続けてきた空手だけど、この時のために続けていたのだと勝手に納得する。
年々通う回数が減って来ていたんだけど、もう少し頑張ってみようかと思うほどには単純な俺だった。
「ところでさ、酒神は一緒じゃないの?」
「あぁ~公くんはスポーツ用品店に行くって言って……」
「……まだ戻って来ていませんね」
へぇ~、なんか意外だな。主人公がヒロインを放っておいて一人で買い物? 一緒に行けばいいと思うのは俺だけか……?
別にスポーツ店なら、女の子を連れて入ってもおかしくないと思うけど。
「ウチたちはクレープ食べたくて、公くんも誘ったんだけど断られちゃった」
「あはは。まぁ男の子にクレープは……微妙なんですかね?」
「え? いや男も普通にクレープ好きだぞ? 二人とだったら俺は一緒に行きたい……あっ」
(や、やべっ! 口説いてるみたいになっちまったか!?)
本音ではあるけど、本音ってベラベラ言うもんじゃないよな? 女の子と話した事は少ないから、どういう対応が正解なのかが分からん!
しかし酒神の奴、断るんだ。うん……意外。
なんでそんな色々と美味しいイベントを回避するのか、主人公の考えは理解できん。
「あ……あっははは! ほら俺、女の子と買い食いとかした事ないからさ! 興味があって……」
「あ、あの……クーちゃん。なら、その……」
「……うん? どうしたの? アキ」
なんだこのモジモジしている可愛い生き物。その隣では何やら愛川がニヤニヤしているが。
チラチラとこっちを窺い、指先で毛先を弄る仕草が素晴らしく可愛い。愛川はニヤニヤからニヨニヨに変わった、そのアヒル口くぁいい。
【一緒にクレープ食べない?】
【じゃあ俺、行く所があるから】
【酒神の事を迎えに行こう】
だよなぁ~。俺はそこまで鈍感なつもりないし、間違いじゃなければ俺のアクションを待ってるよな。
ここは男らしく誘って……でも断られたらショックがデカいぞ? いやいや、言い方は悪いが助けたんだし、少しくらい付き合ってくれても……えぇいっ!
「一緒に……た、食べない? クレープ」
「あ……はいっ! 食べたいです」
「うんうん、じゃあ一緒に行こーよ! 脇谷君!」
微笑んでくれた愛川達にホッとしつつ、三人でクレープを購入する。
しかしクレープって結構高いんだな。金が……。
手頃なベンチに腰掛け話しながらクレープを食べていると、そもそも俺はなんでここにいるの? という話になった。
「あ~その……バイト探してて」
「「あぁ~」」
なるほどと言った顔をする二人、嘘は言っていない。ここに来てから出来た目的ではあるけど。
よもやイベントが起こりそうだから来たなんて言ったら、頭イカれてると思われてしまう。
「いいバイトは見つかったの?」
「まぁな。あそこのカレーパン屋でバイトしようと思う」
「「……えっ!?」」
急に二人が驚きの表情と共に、俺のバイト先にケチをつけてきた。
何言ってんだコイツと言わんばかりの目が、マズい事を言ってしまったのかと俺を焦らせる。
「……あっ! そっか、えっと……あのパン屋さんでバイトしようと思って。勝手にカレーパン専門店にすんなって事だよな」
「う、うん、それもそうなんだけど……ねぇ、今ってバイトの募集してるの?」
愛川の言葉に気づかされる、何を勝手に募集中の店にしてしまったのかと。色々あったせいか、なぜかパン屋さんがバイト募集中の認識でいた。
そもそも募集していない可能性がある、その方が確率としては高いだろう。
恥ずかしく間抜けな事をしてしまった。愛川の問いには答えなければと振り向いたが、愛川の目はアキの方を向いていた。
「えっと……そんな話は聞いていないですね」
「そうだよね? 募集しているんだったらウチだってバイトしたいもん!」
ん……? なんか違和感が……あれ? どうしてアキがそんな事を知っているんだ?
商店街の情報通……? なんかちょっと……それはオバンくさいような。
「アキは商店街の事に詳しいの?」
「いえ、あのお店だけですよ?」
ええ……どゆこと? 商店街の事には詳しくないけど、あのパン屋さんの事なら詳しいと?
あぁ、そういう事か。アキはあのパン屋が好きなんだな。アキとパン屋……驚くほどにピッタリだな。
「あのパン屋は、私の両親のお店ですから」
「……へぇ」
……良心のお店? なんか、詩的で素敵だね。
「秋穂のお父さんの作るパン、美味しいよね! ウチは好きだなぁ~」
「うふふ。ありがとう、夏菜ちゃん」
「お、お父さっ!? 作る!? 好きィィ!?」
驚きパン屋を見ると、『bakery AIO』の看板が目に入った。
その看板とアキを交互に見ながら我思う。お父さん。ぜひ私にアルバイトをさせて頂きたい。
しかしどこを見ても、アルバイト募集の張り紙は見当たらなかった。
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