第8話 秋との出会い






「あの……本当にありがとうございました。私、連山れんざん秋穂あきほって言います」

「あいやいやあの……自分は脇谷っす、脇谷九郎です!」


「クス――――知ってますよ? クラスメイトですから」


 あまりジロジロ見るのは悪いと思いつつも、小さく笑う彼女にどうしても目が惹き付けられてしまった。


 お淑やかに笑う彼女はとても整った顔をしており、誰が見ても美少女と言うのだろう。


 セミロングほどの赤茶髪を、肩ボブ……? こう、全体的に丸みのあるアレだよアレ。髪の色合いや雰囲気から、鮮やかな淑女と言うのがピッタリな女性だと思った。


 少し垂れ下がり気味の目を見つめていると、再び微笑まれてしまったので慌てて目を逸らしてしまった。



「ク、クラスメイトだっけ!? ご、ごめん……知らなかった」

「むぅ……酷いです」

「ごごご、ごめんなさい!! 人を覚えるのは苦手で……」


 怒らせてしまったか!? 確かにお前なんて知らねぇなんて言われたら傷つくか。


 こういう時こそ選択肢が欲しいんだが……。


 なんて慌てていたのだが、チラ見した彼女の表情はとても思っている様には見えなかった。



「クスクス――――冗談です。私も今日、ご挨拶できませんでしたから」

「じょ、冗談……なんだ、驚かせないでよ……えと、連山さん」


「秋穂」

「はい?」


「秋穂って、呼んでください」

「…………マジ?」


 でええェェェェ!?!? よろしいの!? すっ飛ばしてしまって宜しいの!?


 い、いいんじゃないか? 本人がいいって言ってるんだし、むしろ呼ばない方がおかしかろうよ!?


 ……よし。俺も主人公みたいにすっ飛ばす…………あれ? その顔、冗談だって言った時もしていたような。



「ごめんなさい、また意地悪を言いました。好きに呼んでもらって構いませんよ?」

「えっ……あぁ、そういう事か……」


 この子、大人しそうなのに結構冗談とか意地悪を言うのね。


 でも冗談を言っている時の小悪魔的な表情、凄く可愛い。ギャップと言ってもいいのではないだろうか?


 淑女×小悪魔=可愛い。うん、可愛い。


 それは置いといて……なんと呼ぶか。


 ……待てよ? 好きに呼んでいいなら、秋穂でいいんじゃないか? だって、好きに呼んでいいんだろ? なんでもいいんだろ?



 【秋穂】

 【連山】

 【アキ】



 ふぅんむッ!?!? アキ……だと? 確かに、主人公をも凌駕しかねないすっ飛ばしだ。


 うんうん、秋穂と言ったらアキだろ、それ以外にない。


 な、なんでもいいんだろ? よぉぉぉぉし!! 行くんだ! クローーー!!



「アアアキィィ……ほ……さん?」

「は、はい?」


 言い直せーー!! 止まるなーーー!! 行くんだーーー!!!


「あ……アキ、でいい……?」

「え……は、はい」


 あ、あれ……? ちょっと呆けたような顔……? いや、驚いたような顔……か?


 どちらにしろ、喜んではいない。いや、俺に呼ばれて喜ぶ呼び名はないだろうけど……。


 やっちまった……やっぱし、連山さんにしとくか……。なんか彼女の雰囲気って、さん付けしたくなる感じだし――――



「――――アキって呼んでくれるなら、私もあだ名で呼んでいいですよね? クーちゃん? クー君? ワッキー……はないですね」


 なにそれ死ねる。あだ名で呼び合うとか幸せ過ぎて死ねる。でもワッキーはやめて、なんか嫌だ。


 俺、頑張ったよ母さん。あなたが正しかった、時には強引に行くのも必要なんだね。



「よしっ――――あれ? どうしたのですか? クーちゃん」

「グゥフッ……な、なんでもないよ……」


 覗き込むような上目遣い、なんて破壊力が高いんだ。


 のぼせてしまう……よく鼻血が出ると言うが、出なかったけどマジで出そうだった。


 しかし互いにあだ名呼び……これはもう付き合うしか――――



「――――あのぉお二人さ~ん、ウチもいるんですけどぉ~」


 ジト目の愛川が唇を尖らせ抗議するかのように声を掛けてきた。


 忘れていた訳ではないのだが、あまりの主人公的展開に驚いていたのだ。


 それにしても、何をしても許されるような雰囲気があるな、アキには。



「秋穂だけズルいよ! ウチもワッキーって呼ぶし」

「え、いや……ワッキーはやめて」


 なんか、嫌なんだよ。なんでか分からないけど、なんか嫌なんだよ。


「ぶぅぶぅ、なんでだよぉ……それより脇谷君、本当にありがとうね! ビックリしちゃった!」

「え……あぁいや、何とかなって良かったよ」


「ほんと凄かった! 相手は大学生だったのに、こう……ジュバって感じで!」

「あの、クーちゃんって何かスポーツ――――」



 ――――あれ? もしかしてやらかしたか? 愛川にもあだ名で呼んでもらうチャンスだったんじゃないか……?


 ワッキー呼びに我慢すれば、俺も愛川の事をナツとかなっちゃんとか呼べたのか!?


 ぐぅぅぅぅぅがぁぁぁぁぁぁ!!! 取り返しのつかない事をしてしまったのかもしれん!!


 ……いやでも、ワッキーは……なんか嫌なんだよね。

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