第7話 カッコいいとは何なのか

 





 【二人を助ける】

 【俺には無理だ】

 【愛川は公太と一緒だったはず】



 ――――二人を助ける。


 気づけば足が動いていた。足を動かしている途中で公太はどこだ? とか、案外二人とも満更じゃないんじゃないか? とか浮かびはしたが、足は止まらなかった。


 公太の姿は見えないし、愛川達の表情は優れない。


 なら行くしかないだろ!! いや無理だろ!? 公太はどこだろ!?


 ドキドキする。恋愛ゲームでも恋愛小説でもこんなシーンは沢山あるけど、主人公もこんな気持ちなんだろうか?


 いつも颯爽と駆け寄って女性を救っている主人公だが、俺に出来るとは思えなかった。


 なんで足が動いているのかが不思議だ。悪い事はしていないはずなのに、警告を発するように足がガタガタと震えてしまう。


(めっちゃ見られてる……)


 そんな体の警告を無視して進み続けた俺は、ついに彼女達の元まで辿り着いてしまった。



「ア、アイカワしゃん!? お、お困りですかねぇ!?」


「へっ!? あ……脇谷君!?」

「あ……れ?」


 カッコわりィィィィ!! 声上ずっちまった! 噛んじまった! 呼び捨て止めちまった!!


 警告を無視した結果がこれだ! やっぱり俺にはまだ早かった……けど、二人とも一瞬驚いた表情をしたものの、すぐさまホッとしたような顔を俺に見せてくれた。


 それだけで、勇気を出した甲斐があったと思う。



「お、お困りです! ちょーお困りです! ね、秋穂!?」

「う、うん。困ってます……」


「ごごごご安心召されよ! 私が来たからには――――」

「――――おいてめぇ! いきなり湧いてんじゃねぇよ!!」

「足が震えてんぞ! ビビりは引っ込んでろよ!!」


 ビビって悪いか!? 人の目が集まってんだぞ!? 脇役が主人公みたいな事してんだぞ!?


 と、ともかく彼女達を救いださなければ。



「あ、愛川。ほら、行こうぜ? えと……君も」

「うん! 行こ、秋穂」

「うん」


 男達と愛川達の間に強引に割り込んだ俺は、彼女達に歩くように促した。


 我ながらビックリのスムーズさ。あとはこのままフェードアウト――――



「――――待てよコラ! なんなんだよてめぇはよ!」

「彼女達が嫌がってんだろ? 大体お前、彼女達の何なんだよ!?」


 お前らに嫌がってんだろッ!! って叫びたいが、叫べなかった俺脇役。


 彼女達の何って、そんなん決まって――――



 【友達だ】

 【恋人だ】

 【級友だ】



 なるほど! なるほど!? これはあれだな? 恋人だと宣言すれば、男は大人しく引き下がるアレだな!?


 よし……言ってやるぜぇ……。



「コココォォォォォォィィィいえるかぁぁぁ!!!」


「なっ驚かせんじゃねぇ!! いきなり大声出しやがって!!」

「ほんと主人公って凄い! どうやったら恥ずかしげもなく……ウッ!?」


 自分のヘタレさに軽く絶望していると、男の一人が俺の胸倉を掴んできた。


 さっきからの剣幕から手を出してくるかもと思っていたんだけど、コイツらもある意味凄いな。


 人の目ってのを気にしないのかな? ナンパ程度であればまだしも、こんな大声で喧嘩腰に胸倉なんて掴んだら通報されても仕方ないぞ?



「……なんすか、この手」

「ヘタレのビビりが!! 調子乗ってんじゃねぇぞ!?」

「高校生のガキが!! 舐めやがって!!」


 その高校生をナンパしたのはお前らだろ……と思うが、これ以上逆なでしても良い事はないよね。


 制服じゃないと思ったら、どうやら高校生ではないらしい。社会人な訳もないから、大学生とかだろうか。


「「…………」」


 チラッと二人を見ると、申し訳なさそうにしつつも恐怖を覚えているような目をしている二人と目が合った。


 あれだけの怒声を聞かされたら仕方ない事だと思う。俺だって空手をやってなければ、ビビっていたかもしれない。



 【冷静に、警察を呼ぶと脅す】

 【大声で、周りに助けを求める】

 【全力で、手首を締め上げる】

 【強引に、二人を連れて逃げる】



 俺は男達にビビッて足を震わせていた訳じゃなく、自分らしからぬ行動をすることで、周りにどのように見られてしまうのかを恐れていた。


 でもそれ以上に奇異の目に晒されているのは彼女達。人目を惹く容姿だが、商店街という客層のせいか好奇の目より奇異の目の方が多いように感じる。


 単純に、可哀そうだと思った。密かに震える彼女達を見て、何故かはわからないが自分の足の震えは止まっていた。



「――――ッウ!? いてててててっ!!」

「お、おい!?」


 公太なら、もっと上手くやったんだろうな。


 彼女達を怖がらせる事も、震えさせる事もなかったんだろうな。


 俺には、主人公達の真似はできないだろう。


 上手く躱す事も出来なければ、カッコよく切り抜ける事も出来ない。


 なぜなら俺は脇役だから。普通の、何の取り柄もないただの学生だから。


 だから、俺は俺に出来る事を、俺のやり方でやるしかない。



「いってててて!! や、やめろ!? はなせよ!!」

「て、てめぇ!! ふざけ――――」


 手首を握り締め、手の平の色が変わり始めた辺りで膝をついた男に変わり、殴りかかろうとしてきたもう一人の男の眼前に拳を突き出した。


 驚いた男が尻餅を着くと同時に、とっくに膝を折っていた男の手首を放し、二人を見下ろす形で告げた。


 ここで決めれば主人公になれるかな? 彼女達も見直してくれるはず……決めなければ。



「おおりゃ空手やってんだじぇ!? か、かか勝てると思ってんだが!?」



 ……ハハ、まぁ……脇役なんてこんなもんか。


 もうっ!? どうして!? 足の震えは止まっていたようだけど、心の震えは継続中だったみたい!!


 男達は慌てて逃げ出したよ。結果だけ見れば、彼女達を救えたと思うけど――――


 ――――はぁ……カッコわりィ……彼女達には逆に迷惑を――――





「脇谷君ありがとっ!! ちょーカッコよかったよ! ねぇ秋穂!」

「う、うん! カッコよかったですよ!」



 ……えっ!? 真夏の天使!? 豊穣の女神!?


 えぇぇぇ!? 俺、カッコよかったの!?

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