第6話 隙間に猫はいるだろうか?
ヒラヒラと手を振りながら教室を出て行った央平を見送ったのち、俺は廊下側の一番後ろの席でボーッとしていた。
脇谷だから、50音順に廊下側の最後尾の席が割り振られたのだが……存外居心地が悪い。
すぐ後ろが出入り口のせいか、人の行き交う気配も多ければ扉の開閉の音も強く聞こえるのだ。
そしてなんと言っても帰ろうとする者と目が合った時の気まずさよ。
今日は初日だから知らない奴の方が多いのだが、だからと言って無視するのはクラスメイトとして何かが違う。
それは向こうも同じようで、声は出さないものの会釈する人が多い事多い事。
そのため俺は、目を合わせないように机に突っ伏していたのだが……――――
「――――脇谷く~ん」
はぅわ!?!? こ、この声は夏菜様!?
まさかこんな脇役に、机に伏せて陰気オーラを振り撒く俺に声を掛けてくれたのか!?
……イベントだ。これがイベントだったんだ!! あの選択肢は愛川に繋がっていたんだ!!
体を起こし視線を向けると、そこには出会った時と変わらない笑顔で近づいて来る愛川夏菜。
あぁ、可愛い。貴女は僕をどこに攫ってくれるのか、楽しみで仕方がな――――
「――――また明日ねぇ~」
「ハァァッ……!? あ、あぁ……また明日な、愛川」
はぁぁぁ!?!? 何ゆえ!? え、それだけ!? 俺のイベント終わり!?
早くない!? 一言じゃん! 一言のイベントってあるのか!?
「また明日、脇谷!」
「お、おう! またな酒神!」
その愛川に続くように公太が教室から出て行った。
一緒に帰るのだろうか……? まぁ、幼馴染で隣同士なら帰るわな。
(んん? そういえば、公太って弁当忘れて戻ったって……午前授業だっての知らなかったのか?)
公太の後ろに誰かもう一人いたような気がしたが、あまりの出来事に呆けてしまっていたせいか思い出せない。
そもそもソイツには挨拶されてないし、俺の知り合いではなさそうだ。
(あっれ~? 俺なにしてんだろ? もう数人しか教室内にいないんだけど……)
……もしかして、なにか行動しなきゃなかったか? 俺も一緒に帰るとか言えばよかったのだろうか?
俺と公太達は帰る方角は同じっぽいけど、今日は午前授業だし帰りに遊んで帰るって可能性もあるよな。
遊ぶと言ったら駅前か? 他に遊べるような所……あったかな?
いやぁ……ハードル高いな。そもそも選択肢でなかったし、どう行動すれば良かったのかなんて――――
【Go Home】
【職員室へGo】
【Let's 商店街】
【このまま机でSleep】
「なんじゃこりゃーー!!!」
バグったかと思ったわ!! 英語もありなんか!?
なんか、混ざっている所が自分の頭の出来の悪さを象徴しているかのようだ。
GoHomeって……家に帰れ? なんで命令系やねん!?
なんなの出現条件は!? どちらにしろ愛川とは一緒に帰れなかったって事か!?
そして何ゆえ職員室!? あれ……なんか用事があったような……? なんだっけ? 覚えてないって事は大した事ないか。
となれば……商店街? え、あの学園近くの? 学生が遊ぶところなんてほとんどないから、あまり足を運ばないんだが。
(……行った事がないからこそ行くべきか? そうだな、そうしよう)
商店街を選んだ俺は、突然奇声を上げた俺に驚いている数人のクラスメイトに会釈をした後、いそいそと教室を後にした。
やべェ、遅刻男の他に発狂男なんてレッテルは洒落にならん。気を付けないと。
――――
――
―
やってきました商店街。四風学園からは徒歩で30分ほどの場所に位置している、それなりに活気のある地域密着型の商店街だ。
ちなみに俺の家とは反対方向に位置している。そのためほぼこの商店街には足を運んだことはなかった。
商店街の少し手前に、俺が通っている空手道場があるからコッチ方面にくる事はあるのだが、商店街まで足を延ばす事はあまりない。
(主婦ばっか。チラホラ学生服着た奴もいるけど、遊ぶなら駅方面だしな)
特に目的もなくブラブラと商店街を練り歩くが、入りたいと思える店は特になかった。
強いて言うならスポーツ用品店だけど、生憎と手を出せるほどの資金がない。
(資金……そうだ、バイトも考えないとな)
さてどうするか……おお、なんかいい匂いがするな。焼きたてのパンかな?
【カレーパン食べたい】
【バイト募集あるかな】
【ゴルフクラブでも見よう】
【建物と建物の隙間が気になる】
迷うっ!! いきなり迷う!! カレーパンかバイト、どっちにするべきか!? 複数選択って可能ですか!? ゴルフはッ……早くない?
パンは食べたいが金がないからバイト探さなきゃないしでも焼き立てっぽいし少しなら無駄遣いもありだろバイトすればいいし。
つまり……カレーパン屋でバイトすればいいって事か? それなら一択だ、そういう事だなきっと。
(隙間なんか誰が気になるかよ……)
隙間に何があるってんだ? イメージではカツアゲ、闇の取引、バカップルのイチャイチャ……とかかな。
今時そんな事をやる奴なんていねぇよ。建物の隙間をなんだと思ってんだ?
あ、でも猫はいそうだな。いるかな……? 猫ちゃん……――――
「――――ちょ、離して下さい!」
「ひ、人を呼びますよ?」
「別に何もしないって~、ちょっとカフェでお茶でもしようって言ってるだけじゃん」
「そうそう! 少しくらいいいでしょ? なぁ」
猫がいるかもと隙間を覗き込んだ時、少し慌てた感じの女性の声が聞こえてきた。
覗き込んだ瞬間に選択肢が消えたから、結局俺はちょっと隙間が気になるを選んでしまったのだろう。
もちろん隙間の奥から聞こえてきた訳ではない。覗き込んだ隙間の反対側から聞こえてきた声に振り返ると――――
――――壁際に追い詰められるように、二人の女の子が二人の男にナンパされているようだった。
……今時あるんだな、あんな強引なナンパ。
いや、あれくらいの行動力が俺にも必要なのかもしれない。
結局彼らも勇気をもって声を掛けて……――――
――――どこか他人事のように見ていた俺の目の前に、選択肢が現れた。
ナンパされている女の子の一人、愛川夏菜の事を認識した瞬間だった。
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