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 マクスウェル先生が初めて教会に来たのは、私が教会に来て三ヵ月目のことでした。弁護士をしている先生と私とは、ここに来る前にいた拘置所で知り合ったのです。もう七十をいくつか過ぎた品のいいおじいさんで、いつもにこにこと笑っているひとです。

 驚いたことに、シスター・クララとマクスウェル先生は以前からお互いを知っているようでした。それどころか、先生がわざわざ私に会いにきたのは、私がシスター・クララと共に暮らし始めたからだということが、ふたりの会話の端々から読み取れるのでした。

「アイリス、元気で過ごしていますか? 体に悪いところはありませんか?」

 マクスウェル先生は私にそう尋ねました。私は雑記帳と鉛筆を出して、ここでとても楽しく暮らしていると答えました。

「そうですか。それはよかった。なにか困ったことがあったら、手紙で知らせてくださいね」

 マクスウェル先生がそう言って私に名刺を渡すのを、シスター・クララは少し困ったような顔で見ていました。私の面倒をこんなによく看てくれているシスターの前で、少し失礼な申し出ではないかと思いながらも、私は先生の名刺を受け取りました。

「アイリス、あなた、手紙は書けますね?」

「ええ、アイリスはとても賢いのですよ」

 シスターが私の代わりに答えました。先生は「そうですか」と言ってにこにこ笑いました。

 マクスウェル先生がお帰りになると、私はお客様を迎えるために着ていたよそいきの服を着替えにいきました。その途中、普段は履かない靴を履いていたせいか、ふと足をひっかけて転んでしまったのです。靴のベルトがぱちんと外れて、脱げた片方の靴が床を滑りました。

「まぁまぁ、アイリス。大丈夫? ここに座っていなさいな」

 シスターは私を手近にあった木箱に座らせ、靴を拾ってきてくれました。私が申し訳無さそうな顔をしていたのでしょう、彼女は私の足元に跪いて、「なんにも謝ることなんかないのよ」と言いました。

「あなたの足は仔兎みたいね」

 シスターはすぐに靴を履かせず、私の右足を宝物のように両手で包み込み、親指の腹でさすったりしました。私は彼女に何か言わなければならない気がしたのですが、相変わらず声は出ず、また転んだときに雑記帳も落として手元になかったので、それが叶いませんでした。

「でも、もったいないわ」

 シスターがぽつりと呟きました。私はその刹那、彼女の目に妖しい光が瞬いたのを見たような気がしました。

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