第64話 鈴木邸へ

 土曜日。

 僕は、鈴木邸にいる。


 太郎の両親、というのは、二人して僕のことが初恋の人、だなんて言っていたらしい。かなり気まずい。


 僕と太朗が一緒に行くと、両親という男女はニコニコと僕を迎えてくれた。


 その昔、2度目の東京オリンピックが開かれた年。

 実は、1年延期されたといういきさつがあったんだ。

 世界中がパニックになるようなパンデミック。

 各地でロックダウンが行われ、交通網は麻痺した。

 多くの人が死に、また、後遺症を患った。


 このパンデミック自体にも、陰謀論があったし、実際、種々の取引や隠蔽が行われた。

 そして、いくつかの国が、治験の実験体として、ザ・チャイルドを使用した。

 体組成自体は普通の人間とさほど変わらない。

 死なないし、言葉が話せるから、マウスよりもデータ取得が容易。

 こっちからしたら、ふざけるな、である。

 まぁ、日本ではその手の実験が行われる前に、世界的にも批判が上がったということや、主催国としての渉外に時間を要したために、実験にリソースを割けなかった、というおかげで、僕たちの被害はなかったけれど。


 そして、1年後。

 紆余曲折の末、オリンピックの開催が決まった。

 その頃には、世界的祭典を妨害する意図でウィルスが巻かれた、ということがある程度確認されていたんだ。実行犯は捕まり秘密裏に処理された、と聞いた。が、本丸はしっぽをつかませることなく、なおも妨害を試みるのでは、と予測されていたんだ。実際、被害を怖れて、表向きはウィルスを警戒して、と言いつつ、実際は被害の飛び火を怖れて、祭典の欠席を決めた国も少なくなかった。

 そんな状況でも、要人たちはいろいろ集っては、パーティを開く。

 僕たちは、そういうパーティの警護で、忙しい日々を送っていた。


 実際に、いくつかは襲撃が行われたと記憶している。

 ごく普通の火力による襲撃がほとんどで、僕らが出ることは少なかったが、2度ほど、化け物を使っての、要人襲撃も行われた。

 いずれも、そんなに苦労することもなく、撃退した、と記憶はしている。

 末端だという、まぁ傭兵みたいな集団が、魔物を呼び出して解き放った、というものだったんだ。


 どうやら、そのうちの一つに、太朗の両親がいたらしい。

 僕が、子供たちが集められている場所に飛び出した、らしい。

 正直、記憶はない。

 そもそも、人が襲われていればその前に飛び出して、相手を駆逐するのが、僕の通常業務なわけで、子供たちからしたら非日常でも、僕のにとっては日常の一幕だ。記憶に残るほどの特別感はなかったと思う。

 だから、そんな風にさも覚えてます?という風に言い寄られても、困るんだけど・・・


 ガンガンくる太朗の両親に、ちょっと引きつつ、僕は応接間へと案内された。




 応接間には、一人の女性がいた。


 ああ、随分と変わったな。

 もう、78だもんな。

 でも、まぁ、若くは見えるかな?

 せいぜい60代だ。


 「直江君?」

 「おお。」

 「もう、また、そんな風に格好をつける。」

 ハハハ、普通にあの頃のまんまだな。外見は変わったけど、なんだか、あの頃の蘭子に見えてしまう。

 「変わらないわね。」

 「そりゃ、な。」

 「私は変わったでしょ?」

 「その・・・」

 「何よ。おばあちゃんだ、って言いたいの?」

 「・・・・」

 「はぁ、相変わらずね。そういうときは嘘でもそんなことない、って言わなきゃダメでしょ。」

 「あ、・・・ごめん。」

  プッ、ハハハハ・・・

 蘭子が吹き出して笑い始めた。

 なんだよ、全然変わってないじゃん。

 よくこうして、僕が言いよどんだら、吹き出すんだ。


 「直江君、て言ったらダメなのかな?今は任務で田口君なんでしょ?」

 「ああ、まぁ、どっちでもいいよ。」


 蘭子は長いつきあいなのに、僕のことをずっと名字で呼ぶ。

 割と小さい頃から、下の名前で呼ぶ人が多かったから、そういう意味でも蘭子は変わっていた。

 いや、よくフルネームでも呼ばれたな。

 「あなたが、自分を見失わないように、私があなたが誰なのか思い出させて上げる」

 そんなことを言ってたっけ?


 いつの間にかお互いを見たまま、言葉を失っていた。



 「さぁさぁ、積もる話もあるでしょうけど、まずはお茶でもしませんか?」

 太朗の母親が、そう言って、お手伝いさんに紅茶とクッキーを持ってこさせた。お手伝いさんなんかいるんだな。

 「先生と飛鳥ちゃん、どのくらいぶりなんですの?」

 紅茶を一口飲んだのを見て、お母さんが言う。

 どのくらいぶり?

 「フフ。そうねぇ、もうほぼ半世紀ぶり、かしら?」

 半世紀?半世紀か?

 確かにそうかも。

 「私もねぇ、まだ20代で血気盛んだったから、壊れていく直江君を見てられなかったのよねぇ。」

 しみじみ、といった感じで言う。

 壊れていく、とか言わないで欲しい。まぁ、事実だけど。

 「で、直江君、今は幸せ?」

 は?そんなわけないだろ?


 僕が口をつぐんでいると、僕の若かりし頃、というのもヘンな話だけど、まぁ、普通に年を取れていた頃の話を嬉しそうにしている。

 学校では、一切誰ともしゃべらないけど、男女ともに実はファンがいた、とか、嘘くさい。だいたい、僕が登校したのは、両手で足りるぐらいだぞ。

 ハハ、話したことがあるのは、蘭子をのぞけば、体育館裏なんてベタなところに呼び出してくれた先輩諸氏ぐらいのもんだ。呼び出されただけで、実際には行かなかったけど。


 「暗いし、ひねくれてるし、ほんとどうしようもないガキだったわねぇ。今でも変わんないのかしら?それでもってしょっちゅう泣いてた。今でも泣き虫かしら?」

 「あ、やっぱり。そうなんすよ。ホント、びっくりですけど、この前も蘭子先生のこと思って大泣きしてて。」

 「おい、やめろ!」

 「へぇ、直江君、そう。そうなんだ。」

 「べつにお前は関係ないよ。」

 「あら、泣いてたことは否定しないんだ。」

 「!」

 チッ。どこが年寄りだよ。言うこと何も変わってねぇ。

 「フフフ。まぁ、いじめるのはこのぐらいにして、何か話があるんでしょ?」

 「・・・おまえ、何やってんだよ。」

 「何って?」

 「絵本。」

 「あら、やっと気付いたの?」

 「発禁なんだろ?小学校の図書室にあったぞ。」

 「読んでくれた?」

 「話、そらすな。」

 「ねぇ、読んだ感想は?」

 「だから!」

 「だから感想。ホンモノより随分格好良く書いて上げたと思うけど?」

 「知らねぇよ。」

 「ねぇ、ちょっと口悪くない?蓮華姉さんに告げ口しちゃおうかなぁ。」

 「はぁ?てか、蓮華と付き合いあるのかよ。」

 「年2回は女子会してるわよ。」

 「女子会って・・・」

 ばばあ二人で・・・?

 「今、悪いこと考えたでしょ?」

 「・・・」

 「ま、いいわ。一応AAOになってからも、協力者は続けているしね。姉さんだけじゃなくて淳平兄さんも、たまに会うわよ。」

 ・・・・

 「あと、やや様とか所長とか、所長の家族はみんな仲よしよ。」

 ・・・・

 「ちなみに話題の9割は、直江君ね。」

 ・・・何やってんだよ、ホント。

 「また、そんな顔して。みんな、心配してるのよぉ。無理なんだから自殺なんかしないで、その美貌と若さでやりたい放題やったらいいのに。私なんてやりたくても、若さだけはどうしようもないのよ?」

 美貌は変わらないけどね?と付け加える。

 言ってろ。


 が、しかし、頭にひっかかっていた疑問が浮上する。

 僕は、時計を操作して、写真を写しだした。


 「ん?私のサインね。懐かしい。」

 「この本、誰に渡した?」

 「書いてるじゃない。」

 「たっちゃんと大ちゃん。誰だこれ?」

 「分かるでしょ?」

 「まさかと思うけど・・・」

 「うん。多分正解。」

 まさか竹内辰秀、大樹親子?

 どうなってんだ?

 僕は、頭を抱えた。

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