第65話 絵本寄贈者

 僕は、寮に戻ると、その足で淳平の部屋へ行った。

 ここ男子寮の上層階は、希望する独身男性の教員にも与えられる。

 教員の方は、1人1室だけどね。

 一応、名目としては、生徒たちの面倒も見るということになってるらしい。なかなかこの教師階までくる生徒はいないし、生徒階の見回りをするような教師もいないけど。

 淳平が僕らの部屋に出入りしているのは、知られているっちゃあいる。設定的に、編入生で帰国子女である僕のケアを、元々知り合いということで、親からも学校側からも頼まれてる、ということになっているので、問題ないそうだ。なんだったら僕のためにわざわざ寮に住んでる優しい人、扱い。いろんな意味で解せないけど、文句をいうところでもないしな、なんて考えつつ、淳平の部屋のベルを押した。


 〈鈴木宅に行ってたんじゃないの?〉

 二人の時は英語、設定。

 仮に外に声が届いたとしても、微かに届く英語を聞き取れる人がいない、らしい。本当かは謎だけどね。日本人だって、グローバル化はしてるし、そこそこ英語はしゃべるだろうに。まぁ、翻訳ソフトのおかげで、昔よりは母国語以外の言葉はしゃべれないって人も増えてるようだけど。


 〈うん。蘭子に会った。〉

 〈へぇ、何年ぶりよ。〉

 〈半世紀?〉

 〈そりゃすげえ。〉

 〈淳平は会ってたんだってな。〉

 〈女性陣よりは少ないけどね。〉

 〈・・・聞いた。〉

 〈なんだよ、会いたかったのかよ。言ってくれれば・・・〉

 〈そんなんじゃないよ。それより、これ。〉

 僕は、サインの写真を見せた。

 〈ああ、寄贈本ってことだよな。〉

 〈この相手、竹内辰秀、大樹だって。〉

 〈・・・・あぁ、そりゃ・・・まぁ、そういうことか・・・〉

 〈なんだよ、なんか知ってんの?〉

 〈・・・お前さ、なんで辰秀がAAOに入らず、逆に大樹がAAOに入ったか知ってるか?〉

 〈いや。〉

 〈それなぁ・・・ま、いいや。本人に聞けば?〉

 〈は?〉

 〈明日学校休みだろ?日曜だし、あいつらも連絡しときゃあ、うちにいるだろ。〉

 〈富士城へ帰れってか?〉

 〈あ、日帰りだぞ。明後日、社会科見学だろ、お前。欠席は許さねぇから。〉

 〈はぁ?〉

 〈いいから、俺はやることがある。帰った帰った。〉


 淳平はそう言うと、僕を部屋から放り出した。

 って、なんだよ!

 知ってるなら教えれば良いのに!

 なんで、わざわざ富士城まで帰んなきゃならないんだよ。それも日帰りって。

 ドアを睨み付けていても、どうにかなるもんでもなく、僕はため息をついて、自分の部屋に戻ると、大樹=竹内大樹 に電話をかけた。




  新幹線で、富士城へ向かう。


 竹内大樹。2034年生まれだから25歳か。次長竹内辰也の、ひ孫に当たる人物だ。大学を卒業後、AAOのスタッフとして働いている。

 小さいときからやたらと僕にくっついて来る子供だったが、いつの間にか弟が兄になったかのように振る舞う、やたらと慣れ慣れしい奴だ。僕の家に無駄に訪ねてくる唯一の男、かもしれない。


 辰秀。もう50歳くらいか?大樹の父だ。

 次長の孫に当たるし、当然産まれた時から知っている。

 こいつは、なんか国家公務員になってるはずだ。AAOが気に入らない、って感じで、竹内家で唯一のAAO職員じゃないやつ。

 こいつは、ガキの頃からこまっしゃくれた奴、というイメージか。

 僕が一番危うかった頃に物心がついた、ということもあるのか、やたらとお守りをさせられた。僕が小さな子を連れて危ないことをするはずがない、という秀男の判断だ。

 あんなに世話をしたはずなんだけど、幼稚園に通う頃には、もう上から目線で僕に説教をするようになっていたっけ。その代わり、僕に向けられる悪意や暴力の盾になるような、そんな子供だった。


 秀男というのは、次長の子供で、もう引退したがAAOの職員だった。僕より2歳下で、彼が中学生ぐらいまでは、なんだかんだと僕を町に連れ出すような奴だった。

 彼が高校1年の時、例の事件が起こった。

 そのあと、ちょっと荒れた、と、聞いた。

 あまりに、世間が何も知らずのほほんと暮らしている、というのが、許せなかったんだ、と、後日聞いたことがある。

 たしかにな。

 時代は平成。

 バブルの後遺症で景気は沈み込んでいた、とはいえ、町に人はあふれていたし、馬鹿騒ぎをする連中だって溢れていた。

 イベントだなんだと、お祭り騒ぎには出席しなきゃいけない、なんていう脅迫じみた風潮が始まったのもこの頃じゃなかったか。といっても、僕らはそんな世間とは隔絶し、神との決別の後遺症で、世界各地を飛び回っていた頃。

 そんな平和に溢れる世情なんて、僕には遠い世界の話だったけど。

 そうこうするうちに、僕らが不死じゃないか、なんて話も出てきて。

 ザ・チャイルドなんて言葉が生まれ、だんだんと人間扱いされなくなり。

 僕が、何度も自殺未遂を繰り返していることを知った彼が、AAOに入ったと聞いたのはいつだっただろう。

 気がつくと、昔のように僕に纏わり付いていた。

 なんだかんだと、町へ連れ出そうとするお節介。

 AAOをとっくに引退した今でも、未だに僕のことを、ことあるごとに引っ張り出そうとする。


 車窓を見ながら、彼らのことをぼんやりと思い返していた。

 ハハハ。さすがに次長の一族。濃いな。

 次長竹内辰也は、世界でも唯一、能力者でもないのに呪いを受けた奇特な奴だ。

 昔っから、何を考えているか分かんないし、僕は怒られたことしかないけど。

 ただ、能力者たちの盾になってきた、というのは耳にする話だ。

 神にむかつかれるぐらいには、反抗した能力者と共に立っていた、ってことなんだろう。世話になってる、とは思うけど、僕にはむかつくおっかない上司、でしかない。お互いザ・チャイルド。この関係はいったいいつまで続くかわかんない。



 今、僕が向かうのはそんな竹内家。

 AAO関係者が多いため、というよりも昔から富士城に住んでいる。

 政財界に顔が利く、というより、次長のもっと上の代から、ほぼ公務員の家系だ。影で政財界を牛耳る霊能者の一族と対等に国を代表して折衝できるだけの優秀さを誇る家系だ、と聞いている。


 幸い、というか、半分そこを分かって来たともいえるが、次長はずっと大阪都に詰めてるようで、不在だった。どこぞの不良支部長たちが帰国せずにウロウロしてるから、離れられないんだろう。


 案の定、大樹・辰秀・辰也と3代の人間が僕を迎えてくれた。

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