第63話 苛立ち

 【たっちゃんへ。アスカをよろしくね。蘭子。平成27年3月20日】


 僕がそのサインを見ていると、のぞき込んできたルカが検索を立ち上げて言った。

 「平成27年っていうと2015年ですね。てことは約45年くらい前?」

 「こっちは2040年ってある。【アスカは大ちゃんにまかせた。蘭子。】、だってさ。」

 聖也が別の絵本をめくって言う。

 こっちは約20年くらい前か。もう1冊は特に銘記がなかった。


 とりあえず、このサインだけはスマートウォッチを立ち上げて、写真を撮る。

 なんか、頭に引っかかることがあるんだけど、なんだろう。

 僕らは、とりあえずの用を済ませたので、初等部を出て家路についた。


 「なぁ、あの勇者アスカってさぁ、飛鳥だったりする?」

 ポツポツと歩いていたら、急に聖也がそう言って、思わず僕はブッと息を吐き出してしまった。

 「だめだよ聖也君。飛鳥ちゃんはないしょで僕らの同級生やってるんだから、ねぇ。」

 と、ルカ。

 「はぁ?」

 「いいから、いいから。」

 ルカがそう言って、嬉しそうに僕の頭を撫でる。

 「ま、そうだな。飛鳥は飛鳥だし。」

 二人が冗談なのか、本気なのか分からない発言をしている。


 「勇者アスカは不死者だから飛鳥でもおかしくない。けど、飛鳥は可愛くてやる気がない感じだろ?勇者の方とは真逆じゃん。なんか名前倒れだよなぁ。」

 「でも、長髪とか、ミステリアスなところとか、勇者っぽいよねぇ。」

 「知ってたか?今、クラスでカミサカ神に逆らった英雄たちの物語、むっちゃ話題でさぁ。」

 「そうそう。飛鳥ちゃんは勇者アスカか否かって、盛り上がってるよねぇ。」

 ・・・・なんだそれ?

 「まぁまぁ。どっちでも良くね?聖也も言ってたみたく飛鳥は飛鳥。バリバリ人を引っ張ってく勇者アスカなんて全然考えられない、可愛くて庇護良くくすぐる飛鳥ちゃんだろうが。俺はあの絵本のアスカより、こっちの飛鳥の方が断然いいね。」

 「確かに。」

 「ダチにはこっちがずっと良い!」

 なぜだか、みんなで肩を組んでの帰宅になった。



 いったん寮に帰って、自分の部屋に戻る。

 まだ誰も帰っていなくて、さっきのサインを目の前に映し出した。


 さっきはみんながいたから、じっくりと見てなかったけど、これは間違いなく蘭子の字だ。

 フフ、相変わらず汚い字だ。

 右上がりで無駄に止めはらいがきつい。

 ジャーナリストなら、もっと読みやすい字を書けってよく言ったっけ。

 早く書けなきゃ意味ないの!なんて、いっつも反論していた。

 人体の構造上文字は右に上がっていくもんだ、なんて、ヘンな理屈も言ってたっけ。

 そんなことを考えていたら、なんだろう、年甲斐もなく涙が溢れてくる。


 一人で良かった。

 誰かに見られていたら、からかいの的だ。

 しかし、なんだろうな。

 蘭子に対して、そんな執着なんてないのに。

 彼女といたときは、いっつも悪口の押収だった。

 喧嘩ばっかりで、あの子はいっつも、戦争反対・暴力反対、とか言って。

 魔物がそんなこと気にしてくれるかよ、とか僕も反論したっけ?

 だからって子供の僕が戦うのは間違っている、そう言って泣きながら怒ってた。

 彼女に泣かれると、僕はなんだかモヤモヤして、うるさいって追い出すか、僕がその場から飛び出して、ハハハ、色々当たり散らしたりもしたっけ。


 次から次へと、あの頃のことが思い出され、感情にストップがかけられず、いつの間にかテーブルに突っ伏して、僕は泣きじゃくっていた。



 穴があったら入りたい、と、思う。


 僕が泣いているところに、ノリとゼン、そして、どうやら部屋の前にいたらしい太朗が、入ってきたんだ。

 太朗は、僕に話をしようと部屋の前に来て、微かに聞こえる僕の泣き声を聞いてしまったらしい。途方に暮れて部屋の前に立っていたところ、二人が帰宅した、というところ。一緒に部屋へ入って、泣き崩れている僕を発見した、らしい。


 「これは?」

 ゼンが僕の出していた写真を見る。

 僕は慌てて消そうとしたけど、ゼンに手を押さえられ、3人にのぞき込まれた。

 「あ、これさっき撮ってた奴ですね。昨日言ってた絵本にサインがあったんです。その写真ですね。」

 太朗が答える。

 「蘭子。飛鳥の同級生って言ってた人ですか。懐かしくって涙が出たってところ?」

 ノリはうるさい。いちいち声に出すなよ。

 「ハハハ。飛鳥ってばクールに振る舞おうとして無理してるのって、俺たちにでも分かるんだけどさ、やっぱり蘭子先生とか懐かしくって泣いちゃうんだ。幸せだった頃の思い出、とか?」

 わざとだろう、太朗はふざけた調子で言う。けど・・・

 「・・・るなっ!」

 「ん?」

 「ふざけるなって言ってんだよ!幸せだった頃?んなわけあるか!父さんが殺されてからこっち、幸せだった時なんて一度もない!!」

 僕は、自分でも感情をもてあましているのが分かった。が、どうしようもなくって、僕を押さえているゼンのことを思いっきり念動力ではね飛ばし、寮を飛び出してしまった。



 京の町は相変わらず、有象無象が溢れている。

 僕はあたり散らすかのように、それらを無造作に斬りまくりながら無意識に走った。頭の片隅で、なんだか馬鹿みたいだ、と冷静に自分を批判する自分がいる。おいおい、こんなことをして何になる。またぞろ、痛めつけられることになるぞ。

 そんなことを思ってはいるんだけど、僕は走らずにはいられない。化け物に当たり散らさずにはいられない。


 むやみやたらに走り回って、僕はふっと、自分が何かに包まれているのを感じた。


 なんだ?


 僕を包む気配に神気=高次の存在の気配を感じる。

 僕は視界を少し変え、自分をいだいている者に意識を向けた。

 「と・う・・だ・・・?」

 顔見知り、というのもちょっと違うか。

 騰虵。

 安倍晴明という高名な陰陽師が使役した、と言われる式神のいつ

 凶将などとも言われるが、荒ぶる神、とは一線を画するあやかしだ。

 安部の12神将とか12天将とか呼ばれるが、実際はその伝承に乗っかって顕現をしやすくした高次の存在で、彼らは人を愛しく思ってくれる存在でもある。

 火を操るヘビ、火蜥蜴、さらには火龍などと呼ばれる存在。

 激しく戦い、激しく守り、激しく愛する。そんな存在で、僕とはもう60年以上の仲になる。


 「人の子よ、何を猛り狂っている。そなたの怒りは小さき者を滅っし尽くすが故。」

 「・・・あ、ごめん。」

 僕は思わず謝った。わけのわからない激情は、おそらくは騰虵のケアのおかげだろう、いつの間にか静まっていた。


 あやかし、といっても、悪さをするばかりではない。ただたゆたっているような、はかない存在までも、僕は怒りの余り消してしまったから、騰虵が僕を隔離したという感じか。なんか情けないな。

 「良い。京の町は、今、淀みが濃い故。」

 「ああ、そうだね。いったいどうなってるか分かる?」

 「否。これは人の世の仕組み故。」

 「・・・やっぱり・・・」

 「人の子よ。神々も憂いておる。なんとかいたせよ。」

 「うん、分かってる。」

 「落ち着いたか?」

 「ああ。」

 「しばしゆるりとされよ。」

 騰虵の気配が遠ざかる。


 橋の下?

 僕が走ったからか、騰虵が連れてきたのか、上京区に僕はいるらしい。

 どう考えても一条戻橋だな。

 戻った方がいいんだろうけど、なんとなく、僕は膝を抱えて、川を見る。


 川は、霊と親和性が高いんだ。

 この川でも市内と同じようにあやかしが溢れている。

 その様子を見るともなしに見ていた。


 なんだろうな。

 そんなに怒ることじゃないんだけど。

 なんで、僕は怒ったんだ?

 蘭子のことは、まだちゃんと生きていた頃の思い出の1つでしかない。

 あの頃はただ敵を討つ、ということしか考えてなかったけど、今と違って一生懸命だったのは間違いない。

 訳が分からないまま突っ走った4年半。そしてそのあとの60年。

 ハハハ、いったいこの長い時間に、幸せなんて感じる余裕がどこにある?

 幸せそうに冗談を言う太朗に、ハハハ、僕は嫉妬したのか?

 太朗だけじゃない。

 ノリもゼンも前途有望な若者だ。

 自分の望むように未来を切り開いてゆくだろう。

 それに対して僕は・・・

 ずっと18のまま。いいや、分かってる。見た目っていうなら、中学生に見られる方が多いんだ。僕らがどんな主張をしたって、年を取れない以上、見た目通り中学生のまま。

 中学生でも高校生でもいいや。

 どっちにしろ、一切の未来はなく、このまま時に見捨てられて、ただ存在するだけの自分。

 眩しい未来に満ちた彼らに笑いかけられるだけ、自分の絶望を感じてしまう。

 ああそうさ、単なる嫉妬さ。

 今更、ばかばかしい・・・・



 「飛鳥?」


 何時間ぼうっとしていたのだろう。

 僕に声をかける者。

 僕はそちらに顔を向ける。

 「太朗?」

 不安そうに僕を見る太朗。

 その後ろには、淳平と蓮華か。

 ハハハ、またいじめられるな、と、頭の隅で考える。

 「良かった。飛鳥がいた。さすが、先生たち。きっとここにいるって言ってたんだ。さ、帰ろう?」

 太朗が手を出してくる。

 僕は心が麻痺したように動けない。

 太朗はいっしゅん傷ついたような顔をしたけれど、すぐにいつもの生意気な笑顔を向けて、こちらに近づいてきた。

 「もう、しゃきっとしろよ!さっさと立つ!」

 僕を背中から抱え上げるように立たされると、「もうこんなに汚れて!」と言いながらパンツについた土を、無駄にひっぱたきながら落とす。

 「痛いって!」

 明らかに無駄に力を入れて叩いてくるその手から逃げるように肩で押すけど、逆にハグされた。

 「だから逃げるなって。な、飛鳥。今度の休み、蘭子先生に会わないか?」

  後ろからしがみついた太朗が耳元でそう言った。

 「え?」

 「蘭子先生とずっと会ってないんだろ?会ってあげてよ。あの人、ずっと飛鳥のことを見守ってるんだぜ。」

 なんで、お前がそんなに泣きそうなんだ?

 そう思うけど、言葉には出来なかった。

 僕は、あやすように太朗の肩をタップして、蘭子との再会を了承した。

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