第55話 倉間葵

  「何、その顔?傷つくなぁ。あのね、ここの報告をしたの。あなたの霊力を知っている人間総動員されたときに、。ね、私、役立つでしょ。だからね、一緒に手伝って上げるわ。さぁ、こっちよ。」

 体育館と逆側、木々が植えられているスペースの奥に足を向けた葵を追うように、僕はまだ踏み入れたことのない場所へと踏み込んだ。



 しかし、彼女が僕の霊力をキャッチした?

 確かに、複数、学校や学校関連施設でキャッチしたという報告は上がっていた。その追調査に、僕ら潜入組が当てられてもいる。

 その時に、不思議だったんだ。

 この学校は、校舎だけじゃなく、離れた場所にある各施設まで、AAOが把握していない高度な霊的結界が施されている。そのおかげで、京を席巻している邪霊、弱霊の群れの侵入はいっさいない。代わりに例の札や魔法陣が機能していることがわかりやすい。


 そうなんだ。この札もどきは学校以外で存在しないんじゃない。いや、学校以外の他の公共施設でも大量に発見されている。だけど、京のこの状況のお陰で、札による強化霊なのか、他の理由なのか、というのがわかりにくいんだ。木を隠すには森の中、に近い様相を呈している、というのが実際のところ。


 その分、外界と隔絶されたこの学校に関して、少なくとも、この札もどき事件の手がかりを掴むのに都合が良い。そう上が考えているところに、もう一つの案件、京の結界妨害事件とでも言おうか、そっちの案件に繋がる吸収した霊力の転移先のヒント。

 だけど、これに関しては、と、僕らは頭をひねっていたんだ。だって、外界と隔絶してるってことは、、ってことなんだから。


 しかし、ここにきて、葵の話。

 なんのことはない。学校の中にいる者を協力者として使っていた、ってことだろう。

 だけど、それにしても、この子が?僕はそこに疑問を抱かずにはいられない。

 だって、この子とはオリエンテーリングの日に会って、少なくない時間同行したんだ。それも、淳平も一緒に。で、淳平だって保証したはずだ。彼女に、と。なのに僕の霊力を感じ取って報告した、だって?



 「飛鳥君、怖い顔。やだなぁ、葵のこと嫌い?」

 突然、クルッと体をこちらに回して、葵はおかしそうにそう言った。

 「もう!私がいじめてるみたいじゃない。そんなに引かないでよぉ。」

 一歩前へ来られて、思わず下がってしまう。

 「あのね、私は飛鳥君と仲良くなりたいの。もう、お父さんったら、飛鳥君がこんなに可愛い子だなんて一言も言わないんだもん。昔、共闘したが、素晴らしい戦士だ、よ、お父さんが飛鳥君のこと話してくれたことって。どんな強面、マッチョマンかってビビって損しちゃった。お父さんに言われなくったって、こんな可愛い子なら、私、とってもお近づきになりたいわよ。ねぇ。」

 何が、「ねぇ。」だ。


 しかし、一番面倒な案件じゃないか?

 こと、鞍馬相手に下手を打てない。わざわざ挨拶まで行かされたんだぞ。そこで会ったのが現当主で、昔、足を引っ張りまくった男だった。本人は足を引っ張ったなんて露とも思ってなさそうで、辟易してたところに、この娘ってか?蓮華じゃなくても苦手意識持つわ。

 こっちの正体知った奴がうざがらみしてきたら上に振って良し、とは言われてるけど、蓮華、通すのか?それも面倒の予感がする。


 にしても、こいつの言い分は本当か?僕の霊力を感じてそれを報告したって件だけど、事実なのかそれとも僕を引っ張り出すための嘘?逆に嘘の方が面倒は少ないか?本当に僕の霊力をキャッチして報告をしたのが彼女だとしたら、先日の印象と違ってくる。そのからくりは?

 ああ、どう転んでも面倒には違いない。誰かを引っ張り込むか?淳平が視察にでも来てくれないか?ああ、担任として引っ張ってくれば良かったじゃないか。そこまで頭が回ってなかった自分にも腹が立つ。


 「ああ、もう、飛鳥君ってどこまで無口なの?お姉さんと一緒はいや?」

 「知ってると思うけど、僕は君よりずっと・・・」

 「もう、つまんないこと言わないで。あなたがお父さんと共闘するぐらい昔っから人類のために戦ってるのは知ってる。例の災厄で呪われたザ・チャイルドの一人で、その時が18歳だったから肉体年齢は18だってのも分かってる。でも、そのルックスじゃない。それに今は中2でしょ?だったら私がお姉さん。いいわね。」

 ウィンクされても困る。

 「まぁ、飛鳥君もお仕事で頭いっぱい、なんでしょ?京都自体も大変みたいだしね。てことで、本題済ませちゃおうよ。こっちよ。ついてきて。」

 僕の手を掴んで、さらに奥へと連れて行く。


 僕の手を掴んだ?


 霊能者の行為じゃないな。

 敢えて、ってことでもなさそうだ。

 もともとテレパシー系は得意じゃないけど、できないわけじゃない。その気になれば、接触者の心ぐらい読めるし、読まれているって感覚だって分かる。

 僕は咄嗟に心をブロックして、テレパシー対策をしたけど、葵にはその気配すらない。よっぽど親しい相手じゃない限り、敢えてわかりやすくお互いがブロックするのが霊能者同士のマナーってもんだろ?


 霊能者だって握手をしなきゃならない場面なんていくらでもある。その時にお互い失礼がないように、と心をブロックする。初対面で裸で挨拶は、マナー違反だろ?心だってマナー違反だ。人間、心の中なんて、人様に見せれるほど美しくないんだから。

 霊能者同士は極力身体的接触は避ける。避けようがない場合はお互い心をブロックする。服を着るように、化粧をするように。それがこの世界に生きる者の常識だ。


 それなのに、彼女はブロックもせずに手を繋いできた。

 実際、できるできないは別として、こっちの精神に触れる気配はない。

 僕が展開したブロックに気づいてすらいない。

 なのに僕の霊力をキャッチした?

 やっぱりちぐはぐだ。



 「ここよ。」


 連れてこれたのは、敷地の端。

 高い塀に囲まれているのは知っていたが、その塀の内側は木々を植えて、二重のブロックにしているのか。そして中にいる者からしたら、視界に入るのは無骨なコンクリートの高い塀ではなく、森林に囲まれている錯覚を起こすような木々。


 コンクリートには勝手口のような非常口のような扉がついていて、出入りができるようだった。

 しかし、セキュリティはしっかりしているのだろう。

 扉に特殊な形の鍵がつけられているだけでなく、塀の上方にはなにやら線が這っていて、また、ところどころにカメラのレンズであろうと思われる光点が見受けられる。

 そして、それらに電気を供給しているのだろうか、小さな百葉箱状の金属製のモニュメント。まぁ、箱に足が生えたロッカーともいう。

 葵が「ここ」と言って指さしたのは、そのロッカーだった。


 僕には、ここで僕の霊力が発見されたと言われても、という感じだ。

 だけど、確かに、何らかの力の残滓、みたいなのは感じられる。

 僕は箱の下をのぞき込んだ。

 が、特に何かがあるようには思えない。


 「この扉は開けられる?」

 ロッカーは施錠できるようになっている。

 そんな複雑なものじゃなさそうで、力業でもいけそうだけど、彼女の目がある。それに、どう見てもセキュリティ装置に給電している何らかの装置だろう。そちらに影響を与えてしまったら、大目玉を食うのは必至。開ける手段が簡単に手に入るなら、そちらがベターに決まってる。


 「さぁ?」

 「さぁ、あ?」

 「だって、生徒会にも関係ないもの。こんな箱の鍵、誰が持ってるかなんて知らないわ。」

 「・・・調べられる?」

 「誰に聞くの?」

 「いや、調べるの手伝うって言ってたじゃない?」

 「だからどうやったらいいか指示してよ。」

 「・・・」

 役に立たねぇー!


 なんでだろうか。僕と会話が成立した、とでも思ってるのか、いや、しっかり手伝えてるとでも思ってるのか。ニコニコしているのが余計に腹が立つ。


 一つ分かったのは、ここに僕ではない何らかの力の残滓があるってこと。そしてカウンターを使用してみると、まだうっすらと僕の霊力も残っているようだ、ということ。

 もちろん僕がここに来たのは初めてだから、この霊力はあのとき転移したものである可能性が高い。つまり、ビンゴ!ってことだ。

 葵の能力にはまったく期待できないにもかかわらず、ってところは注意事項。



 さて、そろそろタイムリミットか。

 あんまり姿を長時間消すのも、面倒だ。


 「倉間先輩、教えてくださってありがとうございました。僕は運動会の練習があるのでこれで。」

 あえて口調を変えて、僕は彼女を放置し、体育館へと急ぐことにする。


 とりあえず、この件はみんなを巻き込んで進めよう。

 先送り、ともいうが、僕は簡単な写真を撮るだけで、その場を後にした。

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