第51話 ティッシュへの対策

 寮に戻ると、4人はすでに集合していた。

 僕は、麻朝から貰ったティッシュを取り出す。

 結局全部で3つ貰っていたが、チラシ裏に描かれている魔法陣は3つとも異なる物だった。いや、そもそも流派からして違う。


 「指示通りやってみますか?」

 ノリが、聞いた。

 何?これ描いて血を垂らす、てのか?

 僕は呆れて彼を見た。蓮華、淳平も同じような目をしている。

 ゼンは、胸の前で腕を組んで、なにやら思案げだ。


 「あんた、馬鹿なの?まぁ、やりたかったらやってもいいけどさ。どっかの結界の中でやりなさいよ。私は協力しないけどね。」

 「飛鳥以外がやるのは感心しないな。」

 ゼンが、言った。さすがに密教僧は、意味が分かってるようだ。


 術者の形態にはいろんな分類法があるだろうが、今回ノリとゼンに明暗が出たのは、ある種の分類によって分けられた、といえるだろう。

 すなわち、ゼンは密教という道具や術式を多用し、それらの力を借りて霊力を操る形態であるのに対し、ノリは純粋に自身の生まれつきの力を錬磨することによって霊力を操る形態だ、という点だ。

 密教は、誤解を怖れずに言えば、霊力があろうがなかろうが、術を使うことが出来る。ノリのような個人の力量のみに左右される術とは違う。

 だから、道具に対する認識も違う。

 たとえば岩を動かすとしよう。産まれながらのサイキックは、念動力で動かすとする。同じことをたとえばクレーンを使ってできるとする。結果はいずれも岩を動かせて一緒だ、と、考えがちだ。

 だけど、道具、この場合クレーンを使うだけなら、ど素人でも一応見よう見まねでできたとしても、必要な場所から必要な場所へと移動させるテクニックが、本当は必要だ、ということは分かるだろう。道具というのはそういうことだ。誰にでも出来るようで、誰にでも出来るわけではない。そこには、修練と才能が必要だ。


 ノリの、やってみればいい、は、ある意味正解だ。もともとその指示に従ったらどうなるか、ということを実験したいというのなら、それをやる必要があるのだろう。

 だけど、見るからに、ここに描かれている札や陣は正確だ。つまりはちゃんと働く、というのが、見れば分かる。

 媒介を血としているところも、絶妙だ。

 生きている以上、いや死んでいても、生きとし生けるものは霊力を持つ。生者の血には色濃くその霊力が乗っかっている。つまりは呪力の媒介にふさわしい霊力の濃縮物だ。だから、少々、いびつで間違っていようとも、不完全かもしれないが、そこの術式が発動するだろうというのは、容易に想像出来る。

 これが素人なら問題はない。血で発動させようが、そもそも不正確にフリーハンドで写したものが力を持ちようがない。

 玄人なら、発動するだろう。

 その際、過剰で異質な霊力が注がれたらどうなるか。

 術の崩壊、爆発、汚染。どれも起きうるリスクがある。


 「まぁ、そいつも狙ってるかもしれないけどね。」

 淳平が言う。

 「飛鳥の聞いてきたことを信じるなら、かなりおおっぴらに、こいつを巻いてるよな。京都だぜ。術者の宝庫だ。プロが目にする機会はいくらでもある。」

 そう。

 麻朝の推測だったが、浮かび上がったフリーダイヤルに電話をしたら、描いた札や陣をどこかに貼るよう指示をされるのではないか、とのことだった。友人から、うっすらとそれを匂わすような発言も聞いたし、若者の間で、そんな風に噂になっている、ということでもあるようだ。


 「学校で随分と見つかっているけど、この学校だけじゃないようよ。それどころか、複数の寺社仏閣、駅や水族館、電信柱、なんていうところでも発見されているみたい。上から手を回して、警察や自治会レベルでも困った落書きとして集めて貰ってるわ。あんたたち、明日はできるだけこの札たちをきれいなまま剥がして集めてきなさい。」

 「きれいなまま、って、糊でべたべた貼られてるのも多いし、剥がすだけでも大変なんだけど。」

 「いいから、きれいに剥がすの!分かった?」

 有無を言わせない、おっかないお姉さんの問いかけに、僕らは頷くしかなかった。

 はげしく首を縦に振る僕らに満足したのか、ティッシュを全部手にして、蓮華は満足げに出ていく。



 「きれいに剥がす必要ないのにな。」

 彼女が完全に姿を消した後、ぽつりと淳平が言った。

 「あいつ、どうせ、今日の3つのと同じ札を見つけたら、その劣化版を真似させる気だろうな。飛鳥に写させて、血を垂らさせ、次のプロセスを探るってとこか。」

 「そのために、きれいに剥がせと?」

 「ああ多分な。飛鳥ならホンモノを見ながらだと、正確なもん作れるだろ?下手に描くのは逆に難しい。だから、初めっから失敗作を手本にして描けばいい、とでも思ったんだろうさ。ハハハ。」

 「いや、でも、それなら・・・」

 そうだよな。僕もその辺だろうとは思った。

 でさ、二人が言いよどむのも分かるよ。

 写す手本なら、わざわざきれいに剥がす必要はない。

 写真を撮ってそれを写せば事足りる。

 ハハ、今頃はそのことに蓮華も気づいてるだろう。

 だけどな、あいつが一度指示した以上、そいつを否定するなら、頭蓋骨の1つや2つ潰されるのは覚悟しろよ。ま、あんたたちには無理だろうし、僕や淳平だってそんな目に遭うのはご免だ。


 「飛鳥。あなたの考えはよく分かりました。だけど、そういうことは黙って思ってるだけじゃなくて、こっちに提示してもらえませんかね?僕らはあなたたちと違って、頭蓋骨なんて潰されたら、それこそジ・エンドなんですから。」

 どうやら僕の考えを読んだらしいノリはそう言うと、僕の考えを口にする。

 ノリとゼンはため息をつきつつ、その成否を目線で淳平に問うた。

 それを受け、淳平は肩をすくめて同意を現し、僕らは全員、明日は重労働だな、と、深いため息をついたんだった。

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