第52話 ゴシップ

 「ちょっと飛鳥!かわいい顔してやることはやるねぇ!」

 翌朝、僕が教室に入ると、聖也がやってきて、肩を抱きながら、そんな風に言って僕の顔をのぞき込んだ。

 なんのことだ?

 僕は、顔をしかめる。

 「おいおい、とぼけんなって。ネタは上がってるんだからさ。」

 さらに、言うが、本当になんのことだろう。


 「あの、飛鳥ちゃんって、まあさまと、つ、付き合って・・・!?」

 何かどもりながら言うのはルカか? 

 まあさま?

 「ハハハ、昨日、生島とサテン出入りしてるのを見たって噂、すごいことになってるぞ。」

 そう教えてきたのは太朗だ。

 クラス中の耳がどうやらこっちに向いてるようだが、ああ、そういうことか。

 わざわざ隠そうとも思ってもなかったから、気にもしてなかったけど、中学生ともなるとそういうゴシップ的なのには、目がなかったな。


 よく見ると、すでに登校していた生島麻朝は女子に囲まれて、真っ赤な顔をしていた。僕と同じような目に遭ってた、ってことか。申し訳ないけど、声をかけてきたのは向こうだし・・・

 でも、どうしようか、と考え始めたときに太朗が追加情報をくれる。

 「生島麻朝。通称まあさま。元公家だか華族だかの、世が世ならお姫様だって噂だ。実際、金持ちの集まるこの学校でも有力者の娘として一目置かれてる。言っちゃ、高嶺の花も高嶺の花ってことさ。じいさまは経済界のドンとしても有名だしな。」

 一応、データとしては知っている。まぁ、経済界のドンは大げさだけどな。そこそこ有力な、といったところか。老舗として、というブランド感は持ってる。茶道界から菓子を通じ、食、全般に強い商社、といったところか。表は、ということだけど。

 そういえば、社会見学と称して菓子作りをさせられる予定の会社も傘下じゃなかったか?


 茶道、というのは千利休が広め、戦国武将がこぞって取り入れたことでも知られている。特に豊臣秀吉。

 なんで、こんなに、武将なんかが文化的な活動に興味を持ったか。なんのことはない、ここで行われていたのは情報戦だ。

 千利休といえば幸楽の末席に名を連ねた人物だ。さとり、ほどすごくなかったが、人の意識を誘導する術に長けていた、という。もともと幸楽自体が、精神干渉に強い家だ。茶席を通じ、情報を手に入れ、それを別の人物に譲渡、それによって、戦国の世を操ろうとした人物、いや、操るよう使命を受けた下っ端、が、千利休というわけだ。


 ん?考えてみれば、千利休と生島家は繋がっていた、よな。

 だったら、生島は幸楽の一派。なんのことはないノリの一族、てか?

 一応、僕もノリやゼンとは遠縁、ということになっているはずだ。実際、僕みたいな野良の術者は別として、全然違う宗派や、なんだったら敵対してる宗派にだって、それぞれの血が複雑に絡んでたりする狭い世界。何代か遡れば、本当にノリやゼンだって縁戚関係になるらしい。確かどっちかの従姉妹の旦那の兄弟が、どっちかの叔父の嫁の従兄弟の嫁の姉妹と結婚してる、だったか?いやもう一噛ませぐらいあったかもしれないけど。

 まぁ、そのあたりはどうでもいい。

 とりあえず、僕のプロフィール的には、遠い親戚、とでもなってるはずだ。少なくとも田口家としてはどこかで繋がってるんだろう。


 「高嶺の花かなんか知らないけど、遠い親戚筋にあたるんだ。久しぶりに会ったから、ちょっと話してただけだよ、なぁ、麻朝ちゃん。」

 僕は、みんながこっちに注目しているのを意識しつつ、大きな声でそう言うと、当然聞き耳を立てているであろう、麻朝にも声をかけて、そう言った。

 「あ、は、・・・はい!」

 彼女もびっくりしながらも、僕の嘘に乗っかる。

 ヘンに勘ぐられるのは疲れるだけ。

 色恋沙汰は避けるに限る。

 こういうのは初期消火がテッパンだ。

 伊達に、何回も学生の真似やってない。


 なぁんだ、と言いつつ解散していく生徒たち。

 フン、お前たちの娯楽になってやれるほど、僕は暇じゃないんでね。

 あとで、麻朝とも話を合わせておかなきゃならないな、と、面倒がひとつ増えたことに辟易としつつ、ちょうど朝礼のため入ってきた淳平が、満足そうにこちらを見ていることに安堵して、僕は席に着いた。

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