第31話 オリエンテーリング 5

 高等部と、中等部&特殊教室の学舎は道を挟んでいるもののどうやらなんらかの結界が大きくかかっていたようだった。どちらかというと、学校の中に後から道が付けられた、といった感じだろうか。

 僕が中等部にいる間は高等部の学舎に行くのは基本校庭を使う時ぐらい、と説明された。校舎に入ることはほぼないだろうとのことだ。高等部に入るまで楽しみにしていて、と、言われてたけど、そんなに長くこの任務が続くはずはないし、冗談でも続けたくない。


 この学校は校舎等施設が点在するとのことで、このオリエンテーリングが行われているが、次は、その中でも一番使う場所運動場へ行こう、そう言われた。僕は別に否やはないので、会長の提案に頷き、校舎を出た。



 が、油断してた。

 しばらく、結界のおかげだろうが、あやかしがほぼいない環境にいたんだ。

 正確には、極小の取るに足らないヤツらがそこそこの数、あえてわき出させているようで、そのことに気づいていた淳平が、僕の霊力を操作し、僕の周りに結界を蓮華に張らせてたってところだろう。が、そのかわりに視覚聴覚を強化されている。

 でだ、結界の外にそのまま出てしまった。

 想像以上にひどいことになってる。

 


 まず、聴覚。

 グワングワンという耳鳴りにも似た地鳴りのような声が、ずっと響いてくる。どうやら、エサを求めるあやかしたちの騒ぐ声が、あまりの数でこんな風に聞こえるんだろう。

 そして視覚。

 単純に真っ黒だ。

 正確には大小のクロっぽい存在が視界を埋め尽くし、元来見えるはずの視覚が確保できない。

 そのせいか、なんだか船酔いのように地面の感覚があやふやで、吐き気がしてきた。

 『おっと。いったん戻すね。でさ、例の結界張っちゃっていいよ。』

 淳平はそう言うと、視界が先ほどの、僕にとっては通常のものに置き換わる。

 たくさんの形ぐらいは取れる存在が、そこかしこで通行人に絡んでいる図、とでも言えば良いだろうか。お腹が減った、飯を寄こせ、的なワードもチラホラ聞こえるのは、一種の念話だろう。

 正直、もっと五感を減らして欲しい、とは思うけど、なんもいじらなきゃこの視界なんだと分かっている。諦めて、霊力を薄くのばした。


 あっ。


 自分でも焦ったが、瞬間に頭がはたかれて、つんのめった。


 「ちょっと、先生、何してるんですか。暴力なんて問題ですよ。」

 会長が、ものすごく怒って淳平に抗議している。

 そりゃそうだ。このご時世、生徒の頭をはたく暴力教師なんぞ、即首だぞ。


 「ああ、つい、ね。ごめんごめん。飛鳥ちゃん痛かった?」

 そんなことを良いながら、人の頭を撫で繰り回す。

 『たく何考えてんだ。さっさと小さくしろって。』

 淳平の言うのももっともではある。

 今まで、霊力の操作を完全に淳平に丸投げしていたから、戻ってきた操作を誤って、力を流しすぎた。おかげで、せいぜい3、4メートルの範囲を緩く蹂躙するつもりだったのに、10メートル以上の範囲で力を広げてしまった。自分でもやっちまったって、思ったんだ。でも頭を叩かれなかったら、とっとと小さくしていた、・・・と思う。


 「田口君、大丈夫?」

 「あ、はい。ちょっとぼうっとしてて、たぶん先生は危ないぞって言いたかったんだと思います。ごめんなさい。」

 「あのね、どんなことがあっても、暴力はいけないの。ちゃんと抗議して良いんだからね。」

 「はい。」

 まだ、会長は納得できないようで、淳平を睨んでいる。

 ほらみろ。これが普通なんだよ。

 僕がもともといた世界は、こういう世界だったはずなんだ。

 なんだか、懐かしいような、悲しいような、そんな気持ちが溢れてくる。

 僕は、こんな暴力まみれの世界なんて、知らなかった・・・

 『はいはい、ノスタルジーでちゅねぇ。』

 『うるさい。』

 『うるさいのは飛鳥。あのね、気づいてる?さすがに、あんたのこの霊力、倉間のお嬢ちゃんが気づいたわよ。』

 言われて、同行の倉間を見ると、こちらを見ている彼女と目が合った。

 一応、霊力がまったくない見えないわけじゃないってわけか。

 しかし、何かを考えているようで、スッと目をそらされた。

 関わってこないなら、あえてこちらから藪をつつく必要もない。

 僕は、まだ怒っている会長をいなしつつ、2ブロックほど離れた運動場へと、案内を促した。


 運動場、と言われているが、そこは、どうやら体育館とグラウンドが、それぞれ2つずつあるスペースだった。

 体育館には、それぞれシャワールーム付の更衣室が備えられていて、手前の体育館は男性用、奥の体育館には女性用、とそれぞれ指定されているようだ。

 基本的には体育は男女別。

 だから僕ら男子が奥の体育館を使うことはないので、あちらへ行くと、まぁ、女子からそれなりの制裁があるだろう、なんてにこやかに言われてしまった。

 体育館が中央にあり、その両端にグラウンドあるが、これもそれぞれ男子用女子用となっている。出入り口は男子用のグラウンド側にあり、女子は男子用のグラウンドや体育館の前を通って、女子用に行く。男子のをふせぐのがその配置の目的らしいが、さて女子のはOKなのだろうか。微妙に男女差別を感じてしまうのは僕だけ、ではないはずだ。



 ここには、校舎のような結界はないものの、人気ひとけがないこともあって、あやかしの類いはほとんどいないようだ。

 だけど、どうやら淳平と蓮華は自分の五感を強化して、さきほどと同じ、札みたいなのがありそうだ、と結論づけていた。

 言っとくが、奥へは調査に行かないぞ。そう念話で言うと、蓮華がニターッといやな笑いを見せた。冗談じゃない、痴漢扱いはご免だぞ。


 そして、次の場所。

 小さいのは、中等部校舎の中にもあったが、ここは巨大な図書館だ。

 地下には、一クラス分は入るシアタールームも設置され、紙の本、電子本、また音楽媒体に映画なんかの動画媒体も完備されている。

 学生は自由に使えるらしく、後ほど渡される学生証が、入館証やレンタルの証明書にもなるのだという。

 自習スペースも、机のみの部分と、PCが設置された部分、また自前のPCを持ち込む部分、等に分かれており、共同研究用に小さな防音された部屋も用意されているとのこと。これらは予約優先だが、空いていればその場で使用許可が下りるので、しっかり使いこなしてね、などとアドバイスされた。

 ここにはどうやら、住み着いている存在がいそうだ。

 討伐対象、というよりも、拝んでおくようなタイプの存在っぽい、というのが僕たちの結論。うまく付き合えば、ここにもありそうな、例の札に関して情報がもらえるかもしれない。



 その後行ったのは、地下鉄を利用した先の場所だった。

 いわゆる京都のマス目を外れた、郊外になる。

 ちょっとした山の中に、その施設はあった。


 『いるな。』

 『やっぱり徹夜ね。』

 『知ってたのかよ。』

 『いや、だがこの辺りだしな。』

 『あぁー。』


 そう知る人ぞ知る、いわゆる場所の近くだ。

 溜まりやすい場所、というのか。

 なんでこんなところに合宿所があるんだろう。

 わざとか、なんて勘ぐりたくなる。


 「さ、到着です。ご苦労様。私たちは、多分、最後の方だと思うわ。」

 このうっそうとした雰囲気は感じてないんだろうな。嬉しそうに中へと案内しながら、そんな風に会長が言った。

 僕は案内のお礼を言うと、連れてこられたのはどうやら食堂のようだ。


 6人の先生らしき人。

 そのそばには、3人の赤ラインと、10名ほどだろうか黄ラインの集団がいて、先生を含めて、なにやら話している。生徒会、のようだ。


 他には・・・・

 少し偉そうな赤ラインの集団。

 ちょっと緊張しつつも、談笑する青ラインの集団。


 会長が言うように僕らは最後の方だったのだろう、多くの目が、このちょっと変則な集団である僕らに向かった。

 なかでも僕を見ている目が多いのか。

 品定めをするような目は、どこに行っても僕について回る。

 そんなことを思っていると、赤いラインの少年が一人、僕の所へ走ってきた。


 「はじめまして。田口飛鳥、だよな。俺は聖也。田嶋聖也っていうんだ。今度同じクラスになるから、よろしくってことで、飛鳥って呼んで良いか。いいよな。あ、ちなみに今日は同部屋だから。てことで、ここからは俺が案内な。行こうぜ。じゃ、ということで先輩方そして先生たち、飛鳥は掠っていきまぁす。ヨロ~。」

 捲し立てるように、そのチリチリ頭の少年はそれだけ言うと、僕の手首を掴んで、赤ラインの集団の元に引っ張っていく。

 後ろをちらりと振り返ると、淳平も蓮華も、なんかニヤニヤとその様子を見ていた。

 

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