第32話 オリエンテーリング 6

 僕は田嶋聖也と名乗る同級生らしい少年に手を引っ張られるように、赤ラインの集団のところへと連れてこられた。

 なんとなくがっつりと集まっているように見えたが、どうやらクラスごとに集まっているようだ。

 「よう、みんな。話題の転校生、かっさらってきたぜ。」

 「おおー!」

 大きな声でそんなことを言う聖也に周りのクラスメートらしき人々が、ワラワラと集まってしまった。男女ほぼ同数か。

 「もう、聖也。田口君困ってるじゃないの。あ、この子がさつなだけで悪気はないからね。いじめとかじゃないから。もしいじめられたら私に言って。ちゃんと指導するから。えっと、田口飛鳥君だよね。私浪速小夜利なにわさより。このクラスの委員長やってます。」

 「ども。」

 うっ、でかい女。色黒短髪きつめの美人ってか。蓮華よりもでかいな。170ぐらいありそうだ。

 「誰ががさつだ。お前には負けるわ。が、飛鳥。こいつが頼りになるのは間違いない。もし、誰かにいじめられたりしたら、俺かこいつに言えよ。」

 「・・・いじめ、多いの?」

 「いや、このクラスはイインチョーが怖いからないと思うぞ。だけど、ほらお前さぁ。」

 何、その分かるだろ?みたいな雰囲気。

 「ああ、あのね。その田口君は、えっと、その・・・」

 なんだよ。頼りになるんじゃなかったのか?委員長が言いにくそうにしてるが、言いたいことがあればさっさと言って欲しい。

 「ハハハ、さすがに男女でも言いにくいか。あ、やべ。飛鳥のことじゃないからな。イインチョーのこと。てか、こんなん言ったらバレるよな。イインチョーと逆の疑惑出てるンダよな、お前のこと。」

 「逆?」

 「まぁ、そのなんだ。制服、間違ってねぇ?」

 「はぁ?」

 「あはっ。悪い。けどさ、けっこうみんな、1年とかも含めて疑惑っつうか、さ、出てんだよ。」

 「普通に男だよ。」

 「だよなぁ。でさ。」

 聖也は腕を首に回してきた。

 「今夜、みんなにしっかり男だって宣言できるから、楽しみにしてろよな。」

 ヒヒヒヒ、っと笑う聖也。

 ?今夜?何だろう。嫌な予感がする。

 「ま、それは後のお楽しみってことで。とりあえず今日のこと、聞いてっか?」

 「何?」

 「この後だけど、んー、もう全部帰ってきたのかな?そろそろ点呼取ったら、いったん部屋へ荷物持ってくだろ?」

 「ああ。」

 「そんで、夕飯まで休憩。飯担当が作ってるけど、今日はカレーな。ここでは、食堂に人がいないから、自分らで作る。作るのが2年で1年は片付け。で、この飯の時に被害者は誰だ、をする。」

 「被害者は誰だ?」

 「ああ、知らないか?飯の中にハズレをつくるんだよ。全部で10個のハズレがある。カレーの方じゃなくて、サラダに大量のマスタード入りがあるんだ。これは1,2年関係なくランダムだ。もう冷蔵庫にシャッフルされて入ってるから、どれがハズレか分からない。でだ。ハズレを引いたやつは罰ゲーム。」

 「罰ゲーム?」

 「ま、たいしたことはない。生徒会が用意した衣装に着替えて、次のキャンプファイアーに参加するんだ。コスプレってやつだ。ちなみに風呂までそのままな。」

 ?

 そのぐらいならまぁ、ふつうか。だけど、風呂って、まさかみんな一緒とかじゃないよな。

 「あ、飛鳥って帰国子女だっけ?風呂は分かるか?大浴場?みんな一緒にはいるんだ。おっ今期待した?残念、女子は別。ヤローだらけの入浴大会。つってもそんなにデカくないからクラス別な。」

 「僕、シャワーでいいや。」

 「いや、それはダメだ。あのな、疑惑を晴らすチャンスなんだぞ。堂々と男だー!てみんなに見せないと、絶対女疑惑晴れないぞ。あ、もし実は本当に女で男として過ごさなきゃならない深ぁいわけ、なんてあるだったら、男田嶋、守ってやらんこともない。ハハハ。」

 「それなら、俺もな。鈴木太朗。今回のルームメートその2な。んで、こいつは辻野瑠珂。ルームメートその3。」

 そのとき、丸坊主の少年と、背の低いおかっぱ頭の少年が、聖也の後ろから現れて、挨拶してきた。

 「ねぇ、田口君、身長何センチ?」

 小さい方が、挨拶もそこそこにそんな風に、聞いてくる。

 「え?」

 「だから身長!」

 「あ、160センチぐらい?」

 「えー嘘だね。ねぇ、どっちが高い?」

 辻野と言われたそのおかっぱが、僕の背にぴたりと背中をくっつけて、二人に聞いている。

 「んー、ルカがちょっと高くね?」

 「だよねー。ちょっと田口君、ごまかしはなし。僕、ギリギリ160ないんだよ。この前の検査で159.5センチ。ぜったい君、150台だよね。」

 いいじゃないか。だいたい160で。なんだよこの食いつきは。

 「どうでもいいだろ。」

 「よくない!僕の方が大きい。だよね?」

 「別にだからなに?」

 「ひひぃーん。」

 ルカは、気持ち悪くニターと笑って、急に僕の頭をなではじめた。

 「何?」

 「いつかはこうやって小さい子をなでなでするのが夢だったんだ。ありがと田口君。ううん飛鳥ちゃんでいいよね。えへへへ。」

 ちょっ、やめろ!と手を払う前に、他の二人も乱暴になで始める。

 なんだよ、これ。


 「おっ、青少年。早速仲良くなってるね。良きかな良きかな。」

 「あ、新しい先生?」

 「はい。化学の先生の矢良です。」

 「へぇ、なんでサングラス?」

 「目が悪くてね。これは医療用です。」

 「大丈夫なの?」

 「はい。こうやって、さっさと荷物を置いてきなさい、と、生徒に注意しに来るぐらいは元気ですよぉ。」

 「うわっ。俺たち最後?」

 「お荷物いますからねぇ。」

 「ちょっ。飛鳥はお荷物なんかじゃないぞ。」

 「おっ、それは良かったですね、飛鳥ちゃん。」

 「あれ、センセ、知ってるの。」

 「ええ。留学先の日本人会でね。」 

 「ひょっとして、英語しゃべれるの?」

 「飛鳥ちゃんとは英語ですよ。その子、日本語あやしいところありますからね。良かったら通訳しましょうか。」

 「全然普通にしゃべれてるよ、なぁ。」

 「あ、うん。」

 〈問題ありそうですか?〉

 〈え、まぁ、その、風呂が、な。〉

 〈風呂?〉

 〈背中・・・〉

 〈ああ〉

 〈見られるとやばいんじゃね?〉

 〈背中は、きれいなもんだろ。僕ちんたちが傷ついたままとかありえないしぃ。〉

 『召還陣、生身の方じゃないから大丈夫だ。だいたい肉体にはさすがにあの方でも傷つけられないさ。』

 『げ、霊体に描いてるってこと?』

 『描いてるってより貼り付けてる感じだな。1回限りだろ。何が封じられてるのかは、興味あるが・・・』


 「ちょっ・・・・先生、さいなら。飛鳥つれていきます。」


 英語から、その後で念話に変えたから、ちょっと二人で睨み合った感じになったかもしれない。

 それで何かを感じたのか、ルカが僕の手をひいて、急にこの場をあとにした。

 他の二人も、慌てたようについてくる。



 バタン。


 与えられた部屋は二段ベッドが2台あるだけの簡素な部屋だった。

 その下のベッドに2人ずつ並んで座る。


 「どうしたんだよ、ルカ。びっくりするだろ。」

 「だって、その、ねぇ。聖也君は分からなかった?」

 「何が?」

 「英語だよ、英語?」

 「ああ、先生と飛鳥、やっぱりスゲーな。」

 「言ってたこと、分からなかった?」

 さぁ、と、二人とも首を傾げる。いや、僕も首をかしげた。たいしたことは話してない。スラングと言うよりほぼ単語の会話だったし。まさか、こいつ、念話を聞ける、とか?


 「あのね、飛鳥ちゃん。嫌なことはいやって言いなよ。先生相手でも、僕ら、守って上げられるからさ。」

 ・・・こいつ、何を知ってる?

 僕は警戒度を1つあげた。

 「大丈夫。そんなに緊張しないで。」

 「おい、ルカなんだよ。」

 聖也が、ちょっと不安そうな声を出す。

 「見た感じ、矢良先生、だっけ?そんな問題ありそうになかったけど。」

 太朗も首を傾げた。

 「だって、飛鳥ちゃんのこと、その、無理矢理・・・あ、合意の可能性も?」

 僕を、なぜか顔を真っ赤にして見る。

 なんだ?

 「全部は聞き取れなかったけど、ねぇ、飛鳥ちゃん、先生にいかがわしいこと、されてるんでしょ?その、合意とかでも、14歳とかは、犯罪だよ?」

 「ちょっと待って。なにそれ?」

 「全部は分からなかったけど、バスでバックでしょ?やばい、というか、その・・・」

 「何?矢良が飛鳥を掘ってるってか?」

 「え?マジ」

 3人が赤い顔で、僕を見る。いやいや、どうしてそうなる?

 「そのぐらいの英語、僕、分かっちゃったって言うか、その・・・」

 「ちょっと待って。どうして、そうなったの。」

 「バスってお風呂でしょ?」

 「ああ。」

 「お風呂でバックがどうとか。」

 「だから、なんでそうなる・・・あ、そうか。バック、って分かる?」

 「その、・・・バックでしょ。」

 「だから、なんでそこであかくなる?」

 「え?だってお尻・・・・」

 「はぁ?いやいやいやいや・・・バックは背中。背中にこの前怪我したから、風呂やだなぁ、って言ってたの。」

 「私たちのバックはきれいって・・・」

 「ああ、背中はとっくに治ってるから、気にせずみんなと風呂に入れるって意味だよ。」

 「ルカってば、いやらしい~」

 「そんなこと言ったって。」

 「まぁ、風呂にバック、だもんなぁ・・・聞き取れたてたら、俺も誤解するわぁ。」

 「だよね!」


 いや、どんな誤解だよ。

 しかし、英語でこんな誤解が生じるとは思ってもなかった。

 ひょっとして、淳平の奴、気づいてた?なんか妙にニヤニヤしてたし。


 「ところでさ。飛鳥って、男と女、どっちが恋愛対象?」

 「はぁ?」

 どうしてそうなるのか、今時の中坊の考えることは分かんないな、まったく。

 僕が呆れていると、知らない間に、3人はすでに別の話題に移って騒いでいた。女3人寄ると、なんて言うけど、男3人でも変わんないよな、と思いながら、僕はそんな様子を眺めていた。

 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る