第30話 オリエンテーリング 4

 校舎が見たい、という僕に、会長は頷いてくれた。

 「そうよね。まずは自分たちがメインで過ごす校舎よね。そこは目から鱗だったわ。だいたい他の場所の変わりどころが希望されるのよねぇ。じゃあ、早速、まずはここ高等部の校舎をちょっと回ってみましたようか。先に先生たちと合流しましょ。」

 校庭があるのは、ここ高等部用の校舎、道路を挟んで中等部用の校舎には、特別教室つまりは理科実験室とか音楽教室等といった部屋があるのだという。

 多々沼会長は、ふむふむと頷くと、僕を促しつつ、校庭の片隅でなにやら話している二人に向かって歩いて行った。

 なにやら、と言っても、僕の耳にはしっかり届いている。当たり障りのない天気、というか、暑い暑い言ってるだけだ。僕らが近づいてるのにわざと気づかないふりとか、芸が細かいが、余計暑苦しいと思う。

 僕は、おとなしく会長の後をついていく。倉間は僕のことを不満そうに見ているが気づかないふりだ。彼女の霊的資質を知りたいと思うが、やぶ蛇になりたくないので、今は無視をすることにした。


 そんなことを思いながら、会長について二人の元に行くと、彼女はまずは自分をそして、順に倉間と僕を紹介し、僕に二人のことを紹介する。

 えっと、この二人とは一応知り合いってことだったよな。英国で日本人会みたいなところで会っている、と。淳平とはさらにおじさんこと田口主任の関係で知り合い、だな。


 「久しぶり飛鳥君。お姉さんのこと覚えてる?」

 蓮華が、そんな風に日本語で言ってきた。

 何がやりたいか分からないので、とりあえず頷くだけにした。

 「もうやだ、かわいくなくなっちゃって。昔はお姉ちゃんって抱きついてきたのにぃ。」

 いや、なんの設定だよ。

 「え、そうなんですか?」

 くいつく会長。

 「そうよぉ。今でも女の子みたいに可愛いけど、昔はもう天使だったんだから。異国で疲れたみんなの癒やしの天使って感じよ、ねぇ淳平。」

 「そうですね。でも、四天寺先生、いちおう公私の混同は避けましょう。」

 「そうでしたわね、ホホホ。」

 「でも、田口君とお知り合いで良かったです。彼、中学を日本で卒業するためにご家族と離れてきたらしくて、ちょっと心配だったんです。私も気を配ってますので、先生方もよろしくお願いします。」

 会長は頭を下げた。

 初めて会うのに、よく世話を焼いてくれる。フェイクのプロフィールはどこまで回ってるのだろう。少なくとも会長は知っているようだが、プライバシーとかの管理が気になるところだな。


 「では、先生方。田口君の希望で、まずはここの校舎から回りたいと思うんですが良いですか?」

 「へぇ、校舎からねぇ。」

 「これから彼の主に過ごす場所ですからね。なかなかに素晴らしいアイデアだと思うんですよ。」

 「そうね。私たちはおまけだから、生徒の希望を優先して頂戴。」

 「ありがとうございます。では、こちらです。」


 そうやって、僕らは校舎に入っていく。


 『どうだ?役に立っただろう。』

 『何がだよ。』

 『聴覚。子供の泣き声が聞こえたか。』

 『知ってたのかよ。だったらお前が言えば良いだろうが。』

 『生徒のお前が引っ張るのが自然なんだよ。』

 『ちぇっ。』


 この念話、倉間は聞こえてるのか、そう思って彼女をチラッと見る。

 彼女はずっと気に入らない、という表情をしたまま、特にこちらの会話に入っては来なかった。


 『入ってこない、というより、少なくともこの会話を盗み聞きするだけのスキルを持っていないのよ。それより、飛鳥。霊力、今は下げれるだけ下げてなさい。』

 『え?』

 『弱いのが多い。あんたのは邪魔になるわ。出来ないなら閉じ込めるけど、構わない?』

 『いや、蓮華、むしろ結界よろしく。なんか変な探り入れようとしてる視線を感じる。飛鳥、霊力の操作こっちで預かる。聴覚だけは強化しておくけど、他も強化が必要か?』

 『できれば聴覚も切って欲しいんだけど?』

 『少しは仕事して貰わないとね。お前の場合、五感あっての物種だろうが。霊力奪う代わりに聴覚と視覚も強化しようか。』

 言いながら、視覚も強化してくる。


 視覚や聴覚といった五感は、強化することで、普通なら見えないモノが見え、聞こえないモノが聞こえる。単に目や耳等がよくなるだけでなく、とらえられる周波数が広がるから、昔はこれが第6感だ、なんて思われていたらしい。第6感に分類されるいわゆる霊力はこれとは別の感覚だ。けど、限りなく密接に連動しているから、五感が鋭くなることで、霊力の強化が図れる。

 僕の場合、限りなく五感を研ぎ澄ませて、その情報を第6感たる霊力が感知、情報の取捨選択を行っているらしい。らしいというのは、自覚がないからで、でも、五感が研ぎ澄まされるほど力が強くなる、というのは経験則で、理解している。ただし、五感が鋭くなると脳の処理能力に負担がかかり、また、必要以上に筋肉を酷使すると切れたりする痛みが襲うように、全身に負荷がかかって痛みが強く動けなくなる。この痛みを淳平はカットする。それによりオーバーワークになりながらも力を発揮することが出来る。こうなった僕は、相当強い。世界最強、なんて言われるほどには、強い。

 でもその強さは淳平の胸先三寸。しかも、強いのは攻撃力だけ。防御力はゴミだ。この防御力を支えるのが蓮華。でも、これも彼女の胸先三寸。最強、と言われながらも、これらの補助なく戦えない僕は、同時に最弱の称号まで持つ。


 まぁそれはいい。


 僕は、霊力操作は得意じゃない。

 特に細かい操作は、そもそもが得意な淳平が、今は持っていった。

 その上で僕に、体を覆うような結界を、蓮華が張っている。

 これで、僕が霊能者だ、なんて分かる人間は、いや、あやかしもいなくなっただろう。その上で、強化された五感の上の感覚で周囲をリサーチしろ、ということらしい。そもそもが人より五感が鋭いんだ。そこを強化されたら、かなり辛い。大音量の映画館で見たくもないホラー映画を強制的に見せられてる、そう思ってくれたら、今の僕の気持ちが少しは分かると思う。



 僕らがこんなやりとりをやっている間も、淳平や蓮華は会長ととりとめもない世間話を続けている。まったく器用だと思う。彼らの器用さが少しでもあれば僕も少しは生きやすかったんだろうか。まぁ、それも今更か。



 僕らは校舎に案内される。

 会長の説明では、今いるこの校舎は上から順に、3階が高1、2階が高2、1階が高3に振られているそうだ。学年が上の方が移動教室が多く、移動教室は主に隣に道路を挟んで併設されている中等部用の校舎にあるため、という理由と、階段のみしかなく、先輩ほど楽をしたがるので、ということらしい。中等部は各学年3クラス、高等部は7から8クラス、とのこと。退学や転校で減ることが多いのも特にここの高等部の特徴だ。全寮制といことでの人間関係の他、金銭的な負担に耐えられず、というのか、その主な理由だという。まぁ、少々特殊な学校だと言うことは間違いないだろう。



 校舎に入っても、泣き声は続く。

 どうやら、1階の奥、女子トイレから聞こえるようだ。

 近づくにつれ、肉声というよりも、霊的なモノという感じが強くなった。

 さすがに、男の僕が行ける場所ではなく、普通に蓮華がトイレに行きたい、とか言って、その場に入って行く。

 『倉間は気づいてないのか?』

 『みたいだね。まぁ、弱小の地縛霊っぽいかな。飛鳥が近づいたら消えるんじゃない?』

 『そんなレベル?』

 『そんなレベル。』

 だとしたら、わさわざ滅することもないけど・・・と思ってたら、泣き声が消えた。どうやら滅したらしい。


 すぐに戻ってきた蓮華だが、ちょっとご機嫌斜め?


 僕と淳平は顔を見合わせて肩をすくめた。

 その様子が気に入らないのか、こっそり僕と淳平のアキレス腱あたりをヒールのかかとで蹴ってくる。

 同時に腕時計が震えた。

 いわゆるスマートウォッチだけど、昔と違って今はスマートフォンはこれにとって替わられたんだ。腕時計サイズだけど、昔のスマホより高性能だ。これ一つで同じ機能があるし容量も多い。ディスプレイに映るだけではなく、任意のサイズで空中に画像を映し出す技術ができてからは、ほぼタブレットやスマホが駆逐された。電話は骨伝導が主で、時計を口元に持っていき、指を耳の近くの骨に当てるだけで、スマホ時代よりずっとクリアなやりとりができる。が、いつの時代でも、しっかり形がある物者が好き、という者もいて、スマホも少しは生き残っている。


 今、時計が震えたのは、蓮華がデータを送ってきたからだろう。淳平の所にも同じ物が送られたようだ。チラッと強化された目で画面にポップアップされたものを見ると、お札か?それとも簡易の魔法陣?


 『召還系の札ね。ただし素人くさいの。他にないか、探すことを推奨するわ。』

 ああ、蓮華は素人が首ツッコむの嫌いだもんなぁ。僕も好きでやらされてるんじゃないのに、会ったばかりの頃はよくど素人が!とか言われたもんだ。

 『ま、焦らず。一つ目標が出来た、で良いじゃない。』

 淳平がそうなだめる。


 僕らは、隣の特殊教室のある校舎でも、同じ物を複数見つけた。

 各教室までは分からないけど、誰かが何のためにか、設置したのは間違いない。

 それらは不発の物もあったけど、小さいあやかしを召喚し、摩耗させているようだった。

 思っていたのとは違うけど、とりあえずこれも解決すべき仕事になるのか?

 僕らは、そう心にメモしつつ、次の案内場所へと移動した。

 

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