第25話 貴船

 僕らは、鞍馬を出ると、歩いて貴船へ向かうことにした。

 なんか、早々に切り上げたから、この辺りの結界が緩んでる、なんて話をする暇はなかった。

 というか、あの頭目に話しても、プライドが邪魔をして、ムリだろう。明らかに、僕らを子供扱いして、格下に見た発言をしていた。だけど、実力は20年前の記憶が証明している。全体を見れず、自分中心。まさか自分の行動でみんなが迷惑してた、なんて未だに思ってないだろう。

 一つ思い出すと、記憶は芋づる式に出てくるもので、最初から奴は僕の周りで自分自慢をやってたっけ。そうだ思い出した。初めは蓮華にちょっかいだそうとしたんだ。だけど、蓮華が四天寺家のご令嬢だって知ったとたん、完全シカトしだした。なんだかわからないけど、家同士が仲が悪いらしい。あのときそういえば淳平はいなかったな。なぜかまでは覚えてないけど、そもそも作戦に3人揃って出動することなんてほとんどないから、まぁ、いなくて当然とは言える。


 僕らはハイキングコースに沿うような感じで貴船へと向かった。

 ところどころに、要、と呼ばれる場所があって、障気が吹き出したり、霊気が吹き出したりするスポットを保護している。

 土地には霊脈とか龍脈、レイラインなんて言われる、霊力が流れやすい道があり、人間の血管のように地球を走っている。これ沿いに地表にまでエネルギーが吹き出していて、それを食べに有象無象が集まるんだ。理屈は人にたかるあやかしと同じ。人じゃなくて、地球にたかる、って思えば良い。

 人間もこのエネルギーをずっと利用してきた。パワースポットなんて遊びで言ってるが、実際にパワースポット=力の集う場所は存在し、人間の霊力に影響を与える。これを利用して修行したり、自身を強化するメソッドは各団体が持ってるし、また、逆にこのようなエネルギーが呪詛汚染等の原因となることもある。

 古くから知られるパワースポットは大体が宗教施設や碑なんかで、力をコントロールして、結界の維持や先ほどの強化等に使われている。

 だから、結界が緩んでるかもしれない、と思うなら、それが設置されているところを中心に調べることになる。つまりは宗教施設や碑の周辺の霊力の流れにおかしなところはないか、を調べるんだ。


 そうはいうものの、これがこのハイキングコースだと、結構大変だ。

 コース全部がパワースポットともいえる。


 「なぁ、ゼン。これ多分札をはがした方が良いと思う。」

 僕は、ゼンに提案した。

 さっきから、札のチクチクが強くなってきている。

 このあたりの霊素、霊力が強い証だ。

 下手すると、札が負けて、ゼンの命が危ない、なんて、洒落にならないぞ。

 それに・・・


 「どっにしても、僕は貴船の奥の奥に行かなきゃならない。そこでこれは明らかにやばいんだ。」

 僕の言葉に二人は顔を見合わせていたけど、僕が別に嘘を言ってるんじゃないのは分かったんだろう、ゼンは頷いて札をはがす。

 僕は、急に体が軽くなってつんのめったけど、思ったより札で、保護されていたみたいだ。強烈な霊気に一瞬むせてしまった。


 「大丈夫か。やっぱり貼った方が楽だろ?」

 まさかの、多すぎる霊力をブロックもしてくれてたのか。

 こんなところで外して初めて知った気遣いに、なんかイラッととするのは僕が狭量だからか。

 「どうってことない。貴船に入ってからじゃなくて、逆に良かったよ。」

 半分強がりで、半分は本気だ。

 深呼吸をして、少し用心すると、多少は取り込む霊気も押さえられる。

 それに、ある程度は霊気の濃さには体が慣れる。

 酸素濃度の違う高地に行ったのと同じだ。

 大体貴船の奴の前で剥がしてたら、霊気当たりで気絶、では済まなかった。

 やっぱり、今剥がして正解だったよ。


 僕の思考を読んだのか、ノリがちょっと顔をしかめて言った。


 「貴船の奥の奥って、まさか、だよね。」

 「ハハ、多分想像している奴じゃないか。ああ、あそこには僕1人でいい。下手に奴を刺激すると、マジで祟られるからな。」

 「危ないなら、飛鳥だって。」

 「いや。逆に鞍馬に来て、あいつを訪ねないと、僕の身がやばいさ。腐っても神、ってか、ハハハ。」

 「笑い事じゃないだろ。」

 「まぁ、お前らはお前らの仕事をしろって。結界だろ?この感じじゃ、僕は強弱が分かんないよ。」

 「まったく。少しはコントロールとか、ちゃんと学びなよ。」

 「それで済む問題ならな。」

 「仕方ないか。飛鳥は邪魔しないようにできるだけ、要から外れて歩いてくれ。」

 「へいへい。」


 僕は、遠目に二人がチェックしているのを見つつ、自分の周囲の霊素をなるたけ取り込まないように、どこかの団体で習った呼吸法を試しながら山を歩いた。



 鞍馬から貴船と呼ばれる地域に入る山道出口から見るとすぐに川が流れている。川の向こうに道があって、登れば奥宮、下れば本宮に駅の方面。この川に板をかけて楽しむのが貴船の川床だ。

 僕は、ここまで来たらもう二人は用がないだろう、と、先に帰るように促した。

 渋る二人に、時間が分からないから、と、説得していると、頭の中に奴の声が響いた。

 チッ、と、僕は舌打ちして、奴の声を伝言する。

 すなわち、


 「奴が、奥宮で待つなら二人は待ってもいいだってさ。その奥へは僕一人、だそうだ。二人は別に帰ってもいいそうだが?」

 「あのお方がそのように?」

 「ああ。だが気まぐれだからな、やっぱり帰れ、と言われるぐらいならまだ良い方だぞ。さっさと帰っておく方が身のためだ。」

 「行く。」

 ノリは間髪入れずに言い、ゼンも頷いている。

 僕は、ため息をついて、知らねぇぞ、と言うと、奥宮へと向かった。


 灯籠が並ぶ小さな参道を抜けると奥宮がある。

 ここは磐座と小さな拝殿があるだけの狭い場所だけど、なんだかんだで、ちょっとずつ人がいるもんだ。

 だがまだ明るい時間にもかかわらず、誰もいない。

 鳥居をくぐるときに違和感を感じたから、奴が人払いの術でも行っているんだろう。

 僕らは空っぽの奥宮へと足を踏み入れた。


 僕はそのまま左手奥の磐座へ。

 二人は、拝殿に行き、しきたり通りのお祈りを行っている。違う宗派とかは関係なく、神のおわす場では、郷に入っては郷に従え。神の怒りは身を滅ぼす。


 磐座の後ろに僕は回る。

 そこはうっそうとした山だ。

 だが、僕はさらに中へと踏み入れる。

 歩いていると、途中で次元が切り替わるのを感じた。

 いよいよか。


 そこには下にあった磐座を少しばかり大きくして、ぴかぴかに磨いたような、そんな磐座が鎮座している。そして、その上には特大のあやかし=神、がいた。

 高龗神タカオカミノカミ

 水を司る、神の名を冠する古からの地霊だ。

 地霊、と言っても、龍を操るその霊力と、長く得た信仰は伊達ではなく、その力は京都全域ぐらいなら、優に及ぶ。

 彼女、というべきか、本当は性別はないようだけど、僕の前には女神として顕現する。昔、貴船での仕事の折、僕はちょっとした失敗で、気絶してしまったことがある。淳平も蓮華もいなかった時だ。僕はとある新興宗教の罠でこの地におびき出され、龍穴と呼ばれる本宮の近くにある巨大な霊力が吹き出すスポットにおびき出された。そこで、突然の霊素噴出。気絶してしまったわけだ。

 それを救ってくれたのが、ここにおわす神、というわけだ。

 彼女は、次元が少しずれる場所に自分の住処を持ち、そこに僕を運び入れた。

 そう、正に今いるここだ。

 僕は彼女に介抱され、目を覚ましたが、知らない間に2日も経っていたらしい。

 彼女は、お礼を要求した。

 なんのことはない、僕の霊力を少し食わせろ、ということだった。

 僕は霊素を急激に取り込んで気絶していたから、初めは命を救おうと、霊力を吸い出したらしい。それが、ことのほか

 僕は、突然の申し出にちょっとためらった。

 そうすると、神なんてものは猛り狂う。

 やっと、大きな霊力に飲まれた反動から復活したのに、それの何倍もの霊力が彼女から立ちあがる。

 僕は慌てて、頷いた。

 僕の霊力に味を占めたのか、京都を訪れる度に来るようにと、申しつけられた。その代わりに、最大の加護を与えよう、と。

 実際、何度か助けられた。

 まだ、僕らがあのと対峙する前の話だ。


 ややこしいが、例の、僕らを不死の呪いで苦しめる神とは別口。


 あくまでこの僕らの生きる次元やその近辺に住まう超越者。それが本来、地球の皆が神とあがめていたもの。すなわち高龗神をはじめ、神道や仏教、キリスト教なんでもいい、神だの仏だのとあがめていた対象。僕らを加護し祟るもの。要はあやかしだとか、化け物だとか、精霊でもなんでもいい、そんな風に呼び慣らされたものの延長線上にある存在だ。


 しかし僕らは戦った。

 その外から僕らを好き放題しようとする存在と。

 次元さえも超越し、簡単に箱庭を壊すように、次元そのものの崩壊を望んだ高次の存在と。


 そして、僕らと同居する化け物の同類である我らが神は、何柱か、僕らに力を貸してくれたんだ。高龗神もその一柱。

 随分と消耗し、僕はたびたびここを訪れては、霊力を差し出している。

 近くを訪れて、僕がここに来ないと、龍を操り大暴れする困った神だ。

 だから、仕方なく、僕はここを訪れる。

 そう本当に仕方なくだ。

 こいつは僕以外友達もいないようだから。


 「のう、飛鳥よ。しばらく京に住まうのじゃろ。たびたび訪れてたもれ。」

 僕を後ろから抱きしめてそんな風に耳元でささやきながら、奴は僕の霊力を奪っていく。

 こいつの場合、お願いは命令だ。

 機嫌を損ねれば、下手したら京都は水没しかねない。

 僕は、仕方なくOKした。



 気がつくと、僕は寮の自分のベッドの中だった。

 二人の話によると、2時間ぐらい経った頃、僕をお姫様抱っこした高龗神が顕現したそうだ。奴は僕をゼンに渡すと、何も言わず消えたらしい。

 二人を残したのは、僕を連れ帰らせるためだったのか、と、このとき気づいた。

 二人は、機構を通じて、車を呼び寄せ、なぜか淳平が運転する車でここまで運ばれた、と聞いた。

 やれやれ、だ。

 淳平は、どうやらずっとかの神が気に入らないんだ。

 また面倒になりそうだな、そう思いながら、僕はもう一度布団に潜り込んだ。

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